国を問わず、ネット社会につきものの誹謗中傷。それがいま改めて、韓国で大きな社会問題となっている。10月14日、25歳の女性タレントがSNSでの罵詈雑言を苦に自殺したからだ。芸能人の自殺が多いことで知られる韓国だが、ネットでの中傷はその大きな要因の1つ。一部では法規制を求める署名運動まで始まっているが、実効性を疑問視する声は絶えない。
今回亡くなったのは、女性K-POPアイドルグループ f(x) 出身のソルリだ。元K-POPスターの悲劇は、欧米のメディアでも注目された。英BBCは、ネットで受けた暴言によってソルリがK-POPでの活動を休止したと伝えている。また英ガーディアンはこれまで自殺した韓国のスターに触れ、厳しいK-POP産業のなかで多くがメンタルを病んでいる問題を指摘した。
ソルリは11歳だった2005年、テレビドラマの子役で芸能界入り。2009年、15歳で f(x) メンバーとしてのデビューを飾った。
幼い時期から注目されただけに、ネット中傷の洗礼を受けたのも早かったようだ。当初はあどけない顔に不似合いな長身の外見などが、何かと取り沙汰されたという。またSNSで公開した写真などをもとに、淫乱説、薬物説なども騒がれた。
2015年には、14歳年上のラッパー “チェジャ” との熱愛が発覚。そこから妊娠説などが流布され、激しいネットのバッシングを浴びた。その心労のせいで、同年8月に f(x) を脱退。ようやく女優としてカムバックしたのは、2年のブランクを経た2017年だ。
「ノーブラ論争」でゴシップの種に
その後もまたネットで何かと叩かれ続けたのは、SNSで見せた自由奔放な振る舞いのせいだともいわれる。とりわけ象徴的なのは、現地芸能メディアで格好のゴシップとなった「ノーブラ論争」だ。ブラジャーの着用を嫌っていたソルリは、SNSで公開した画像、動画、またライブ配信で、しばしばノーブラのまま登場した。これが性的な規範に敏感な韓国で物議を醸し、一部で「不適切」などとするバッシングを招いたわけだ。
ソルリはまた今年4月、妊娠中絶に肯定的なメッセージをSNSで伝えている。こうした点から一部メディアではフェミニストとしても扱われ、バッシングは男性ネットユーザの女性嫌悪=ミソジニーが原因とする報道も少なくない。前述のBBC、ガーディアンも、ともにこの点を強調していた。
東方神起、BTSも無縁ではいられない
韓国ではSNSなどでの心ない罵詈雑言や誹謗中傷を、「悪プル」と呼ぶ。これは「悪」と「リプライ(reply)」を組み合わせたネットスラングだ。早くからSNSで親近感のPRに努めてきた韓国の人気タレントらは、後を絶たない「悪プル」に悩まされ続けてきた。
今回の悲報に絡み、現地メディアでしばしば名前が挙がっているのがチェ・ジンシル。かつて国民的スターとして絶大な人気を博しながら、2008年に39歳で命を絶った女優だ。彼女もやはり「悪プル」に苦しめられた末の自殺だった。親しかったタレントが闇金からの借金を苦に自殺した件を巡り、金を貸していたのはチェ・ジンシルだとの根も葉もない噂がしつこく流布されたせいだ。
2007年には、女優チョン・ダビン、女性歌手ユニが相次いで自殺。いずれも整形などを巡る無責任な書き込みが一因とされている。また近い例では2017年に自ら生涯を閉じた男性グループSHINeeのジョンヒョンも、アンチファンなどの心ないコメントに悩まされていた。
「悪プル」被害は、防弾少年団(BTS)、東方神起といったトップクラスのK-POPスターも例外ではない。メディアの表舞台では賞賛を浴びる彼らだが、SNSの一角では「犬野郎」「伝染病患者」「ネットの差別集団」「売国奴」「セックスアイドル」など根拠のない罵詈雑言が常に降り注ぐ。BTSは2018年11月、所属事務所を通じて厳重な法的対処を宣言。同年7月には東方神起のユンホが、MBCテレビのバラエティで「悪プル」への対処法を語っていた。ユンホによれば「自分に関心があるんだと思うことにしている。時間が経てば、ファンになることも多い」という。
「ソルリ法」で悲劇は終わらせられるか
ソルリの死を受け、韓国では「悪プル」を取り締まる新たな法案が議論されている。今回はサイト運営者に違法な書き込みを防止する義務を課す、などが主な骨子だ。
だが韓国ではサイト運営者に本人確認の義務を課すなどした「ネット実名制」を2007年に導入したものの、2012年に違憲判決が下されて廃止に向かった経緯がある。「表現の自由に抵触する」というのが理由だ。その経緯を経て今回どこまで踏み込めるのか、効果を疑問視する向きは多い。
「悪プル」を「サイバー名誉毀損・侮辱罪」など既存の法律で摘発することもできなくはない。だが現地メディアによれば「数十万ウォン(数万円)台の罰金刑で終わる場合が大多数」ともいわれ、抑止力には限度があるようだ。