「週刊文春」2019年5月23日号の「高齢者運転」特集を受けて、読者から質問が次々と寄せられた。その数、過去最多の570通超。そこで医師や学者など専門家に再び徹底取材。人身事故の賠償額や踏み間違いが多い理由、最新の事故防止グッズまで全ての疑問に答える大反響
「申し訳ありません」
5月18日、両手で杖を突きながら、サングラスにマスク姿で目白署から現れた元工業技術院長の飯塚幸三容疑者(87)。飯塚が運転するプリウスが池袋の路上で暴走し、母子2人が犠牲になってから約1カ月が経った。この事故を機に、多くの人が強い関心を抱く高齢者運転。まずは最も多く寄せられたこの疑問から答えていきたい。
“否認”しているのに逮捕されないのはなぜか
(1)大津の事故では女性ドライバーが逮捕されたのに、池袋の事故では元通産官僚は逮捕されない。警察の忖度があるのか?(41・男)
社会部デスクの解説。
「逮捕はあくまで捜査の一手段で“懲罰”ではありません。証拠隠滅や逃亡の恐れがないと判断した場合は逮捕しないのが原則。今回は本人が事故を起こしたことを認め、車やドライブレコーダーなどの証拠は押収済みです。また、大津の事故もそうでしたが、基本は現行犯逮捕。ところが飯塚の場合は胸骨を折るなどして、入院しました。仮に逮捕するなら退院直後でしたが、留置に耐えられる状態ではないと配慮した形です」
だが、飯塚は今でも“否認”を続けている。車体検査ではアクセルやブレーキに異常は確認されなかったにもかかわらず、「ブレーキを踏んだが、利かなかった」と供述しているのだ。
「現場にはブレーキ痕がありませんでしたが、アクセルと踏み間違った可能性が極めて高い。“否認”とはいえ、警察としては、飯塚は出頭するなど捜査には協力的という判断です。ただ、ドラレコの解析などに時間を要しており、在宅起訴までは数カ月ほどかかると見られます」
その一方で、元通産官僚という経歴に一定の忖度が働いたと見られる。
フラクタル法律事務所・田村勇人弁護士の話。
「逮捕令状を出す裁判所では、一般的に社会的地位が高い人間は、逃亡の恐れナシという判断を下します」
事実、福田康夫元首相の甥の妻、元フジテレビの千野志麻アナが運転する車が死亡事故を起こした時などは逮捕されなかった。
警視庁に逮捕しない理由を尋ねたところ、
「一般論として逮捕の必要性などは刑事訴訟法の手続に則って判断しています」
年齢より“とっさの判断ができるか否か”が重要
(2)運転に年齢制限は設けられないの?(49・女)
年齢より“とっさの判断ができるか否か”が重要
(2)運転に年齢制限は設けられないの?(49・女)
現在、警察庁では免許制度についての有識者会議を行っているものの、
「有識者などの中にも『地方では運転が必要』『年齢で区切るのは差別』という意見は根強い。自動車メーカーも基本的には年齢制限に反対。有識者会議は4月、地域や時間帯などを限定する免許制度の議論も先送りしており、改革は停滞気味です」(警察関係者)
道路交通法上、免許停止となるケースは脳梗塞やてんかんなどの症状がある場合。17年からは75歳以上は3年に一度の免許更新時に認知機能検査を受け、医師から認知症と診断された場合は、免許停止や取り消しとなる。
「3年に一度の検査ですが、3年間で認知機能は大きく低下する場合も少なくありません。そもそも検査は筆記試験のみで高学歴の人は通過しやすい。最も大事な運転に必要なとっさの判断は確かめられません」(脳と運転の研究を行う高知工科大学・朴啓彰客員教授)
実際に昨年、検査で免許停止に至ったのは全受験者の0.1%にとどまる。
(3)親が人身事故を起こしたら賠償額は?(52・女)
(3)親が人身事故を起こしたら賠償額は?(52・女)
前出の田村弁護士に2つのモデルケースで賠償額を試算してもらった。
(1)信号のある交差点で青に切り替わり右折しようとしたところ、自転車に気づくのが遅れて接触した。男性(39・年収800万円)は全治1カ月の怪我。
「自転車側にも過失があるので、自転車の代金5万円や休業した分の給与、通院・入院慰謝料の85パーセントとすると、賠償金額は約40万円になります」
(2)駐車場でアクセルとブレーキを踏み間違い、母子を轢いた。母親は全治3週間の重傷で、男児は即死。
「母親への遺族に対する慰謝料・後遺症慰謝料・逸失利益等と、お子さんの死亡慰謝料・逸失利益などを合計すると、7000万円程度と見られます」
“マルチタスク”が求められる場所が危ない
高齢者に特に多く見られるのは(1)一時停止、(2)交差点の右左折、(3)駐車場だ。
北豊島園自動車学校の高齢者講習担当者が明かす。
「70歳の場合、20歳の免許取得から約50年経っています。その間に一時停止線を越えて車体を前に出すような“自己流運転”が染み付いているのです」
だが、年齢を重ねるにつれ、リスクは増す。高齢者の運転に詳しい慶應義塾大学医学部の三村將教授が補足する。
「高齢者になると、対向車や歩行者に気付くという認知機能の低下に加え、運動機能も低下し、『ブレーキを踏もう』と思ってから実際にブレーキを踏むという行動に至るまでの時間が長くかかってしまう。信号がなくても、一時停止線では必ず停まるべきです」
さらに高齢者にとって“鬼門”なのが交差点の右左折だ。信号、対向車、横断歩道と様々な注意を同時に払わなくてはいけない。
高齢ドライバーの事故分析を行う東京海上日動リスクコンサルティングの北村憲康主席研究員が指摘する。
「右折時、交差点中心付近を通らず、小さく速く曲がるショートカット運転は危険です。ショートカットは右折時間を短くし、その分確認する時間を奪ってしまう。危険の見落としに直結します。左折では直前の減速がポイント。減速して後方巻込み、前方危険を見るのと、減速不十分で同じことをするのとでは確認の精度に大きな差が出ます」
最近目に付く“新型車両”にも要警戒だ。
「電動自転車です。ママチャリに慣れた高齢者からすると、予測以上の速さで迫ってくる」(NPO法人高齢者安全運転支援研究会の平塚雅之事務局長)
交差点に比べて簡単に見える駐車場も、バックミラーを確認した上でのペダル操作という“マルチタスク”が求められるスポット。
「駐車場のバックでは、バックギアに入れる前の確認とバック完了前の一旦停止がポイント。最初と最後の確認で多くのバック事故が防げます。また、前向き駐車はバック発進になり確認の負担が大きくなり危険です。さらにバック時の切り返しは嫌がらず何度でもOK。事故を起こさないことと運転がうまいことは別物です」
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5)同乗者の“NG行為”はある?(71・女)
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5)同乗者の“NG行為”はある?(71・女)
「駐車区画から発進する際に後部座席から話しかけられ、それに答えようとしている時に発進して事故になったケースがありました。人間、特に高齢者が一度に処理できる注意の容量は限られます。前後への発進や右左折、混雑した道路では『今日何食べる?』などとは話しかけないで下さい。せめて『周りをよく注意してね』と運転のアドバイスにしましょう」(佐賀大学医学部・堀川悦夫教授)
(6)アクセルとブレーキの踏み間違いはなぜここまで多い?(61・女)
アクセルとブレーキ、踏み間違いを防ぐための正しい姿勢
16年11月にも東京・立川市の病院駐車場で夫を見舞いに来た83歳の女性が料金所で踏み間違いをして急発進し、歩道の男女二人が犠牲になっている。
踏み間違いに関する研究を行った福山大学工学部の関根康史准教授の指摘。
「高齢になると身体が硬くなり、股関節の可動範囲が狭まります。特に上半身が右に向く場面(バック運転や料金支払い)では、足もそれに従ってアクセルペダルに近づく傾向があることが研究で分かりました」
どう防げばいいのか。
「運転席では股はあまり開かないよう真っ直ぐ座り、足先は前を向くようにしてペダルを踏んで下さい。急ブレーキを踏めるように膝や肘に余裕を持った姿勢も大事です」
前出の堀川教授によれば、簡単に“踏み間違いリスク”を確認できる方法が一つあるという。
「一度、ブレーキペダルの状態を見て下さい。ブレーキのゴムの右側に踏み跡がついていたら、それはアクセルペダルに近い部分。とっさの時の踏み間違いリスクが高いと言えます」
(7)池袋の例などプリウスの事故が多い印象だ。何か構造的な問題があるのか?(32・男)
そもそもプリウスは販売台数が多く、目立ってしまう。ただ、専門家からは「シフトレバー」の問題点を指摘する声も出ている。
「ドアノブのような形をしたデザイン性の高いシフトレバーが特徴ですが、どこに入れても手元のレバーにランプが点きません。リバース(R)に入っていると思っていたら、実はドライブ(D)で急発進してしまう――そういう事故が起きてしまうリスクを孕んでいます」
ハイブリッド車ならではの問題もあるという。
「ハイブリッド車では車両が接近するとピコンと電子音が鳴りますが、その音が結構小さい。加速感も滑らかで、耳が遠くて注意力が低下している高齢者は気付きにくいのです」
トヨタにこうした指摘について尋ねたところ、
「プリウスそのものに技術的な問題点があるとは認識していないが、様々なご指摘に真摯に耳を傾け、お客様の安心・安全を最優先に取り組んでいる」