一気に春めいてきた列島で、まもなく始まる新生活に心躍らせる子どもや孫たち。初めての一人暮らしとなれば、送り出す側の不安は尽きない。はたして不慣れな土地に危険はないのか。この時期だからこそ知っておきたい「都会の死角」を徹底ガイドしてみよう。
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子ども・孫を都会で「一人暮らし」させる前に知っておきたい10カ条(他の写真を見る)
 花見の季節を前にして、ひと足先に「サクラサク」の吉報を手にした若者たち。就職や進学で上京しようとしてまず突き当たる壁は、何処に部屋を借りればいいのか――という問題である。
 
 毎年のように大手の不動産情報サイトなどが行う「住みたい街ランキング」では、例えば関東だと、1位横浜、2位恵比寿、3位吉祥寺といった具合に、休日のデートスポットとしても人気のエリアが並ぶ。
 
 せっかく都会に住むならお洒落な街で……。若者がそう思うのは自然なことだが、これに首を傾げるのは一般社団法人東京23区研究所所長の池田利道氏だ。
 
「アンケートに答える人たちは、テレビや雑誌でよく取り上げられる場所に憧れる傾向があります。新社会人や新入生の皆さんは、職場や学校との距離を優先すべきで、ランキングに惑わされないことが大切です」
 
 個人向け不動産コンサルティングを行う「さくら事務所」創業者で会長の長嶋修氏はこんな意見だ。
 
「新生活を始めるには、まずブランドへの変なこだわりを捨てることが大切です。街の知名度は低くても、通勤通学の利便性がよければ“自分にとってはいい住まい”となる。自分の生活スタイルに合った家を見つけることが一番ですよ」
 そもそも、人気のエリアは部屋も探しづらいという。
 
 年間200以上の物件取材を行い、全国の不動産事情に明るい住宅評論家の櫻井幸雄氏が解説する。
 
「たとえば吉祥寺や自由が丘など若者が魅かれる街は、駅から徒歩圏内に単身者用の物件が少なく結局バス利用を余儀なくされますが、道が混雑します。物価も高いので暮らしやすいとは言えないですね。若い頃から生活費のかかるエリアに住んでしまうと、分不相応な暮らしのクセがついてしまうのでお勧めできません。逆に物価も安く最近人気の足立区北千住やスカイツリーのある墨田区、浅草や上野を抱える台東区などの下町エリアに住めば、リーズナブルな生活が可能です。結婚後、マイホームを買うことも、都心に比べれば難しくないエリアですから」
 
 先の池田氏が話を継ぐ。
「人口増加率をみても、ここ10年は東京の住まいのトレンドが『都心ライフ』から『下町ライフ』へと転換しています。例えば北千住はこれまで昭和レトロのようなイメージで見られていましたが、東京電機大や東京藝大のキャンパス誘致に成功して若者向けの飲食店も多い。都心直結という交通の便の良さも魅力です」
 
 北千住同様、東京駅や新宿駅など都心のターミナルまで30分圏内の北区赤羽も、団地の再開発などで若者の注目を集めている。

災害リスクに犯罪リスク
 しかし「下町エリア」で懸念されるのが、いつ起きてもおかしくない「首都直下型地震」と「大水害」をはじめとする災害リスクだ。
 再び池田氏が話すには、
 
「魅力的な北千住や赤羽といった街も、危険と隣り合わせであることを忘れてはいけません。一番気になる地震ですが、23区内では立川断層などからの距離が遠く、地盤が固い板橋区や練馬区が安全だと言われています。水害については、荒川が氾濫すれば、千住地区は約7メートル、赤羽は約3メートルの水に覆われ、駅や住居が水没するというシミュレーションがあります。3日間で548ミリの雨が降ると氾濫する想定ですが、昨年の西日本豪雨は3日間で700ミリの降水量を記録した場所もありました。ひとたび豪雨がくれば、東京も水害リスクは非常に高いのです」
 
 都会の一人暮らし、若い女性となれば犯罪に遭うリスクも無視できない。
 
「東京の犯罪認知件数は減少傾向にありますが、被害者別にみれば女性をターゲットにした犯罪では増加しているものもあるんです」
 とは、『犯罪者はどこに目をつけているか』(新潮新書)の共著者でステップ総合研究所所長の清永奈穂氏だ。
 
「ストーカーの相談件数は、平成13年で年間約1万4千件でしたが、平成29年には2万3千件にまで増えていて、ストーカー規制法に基づく『警告』も平成13年は870件だったのが、一昨年は約4倍の3200件と急増しています」
 
犯罪認知件数ランキング、上位には意外にも…
 
 掲載の「犯罪認知件数ランキング」をご覧いただきたい。歌舞伎町などの歓楽街を抱える新宿区が1位なのは頷けても、2位には住みたい街ランキング(行政区別)でもベスト2の世田谷区がランクイン。同じく住みたい街上位の恵比寿を抱える渋谷区が3位で、二つの区は「強制性交等」や「侵入窃盗」のワースト5にそれぞれ名を連ねている。
 
 改めて清永氏に訊(き)くと、
 
「世田谷区など若い人たちが住みたい街は、一方で性犯罪が多いエリアであることを知っておくべきです。若い女性が住んでいる割合が高く、閑静な住宅地は逆に入り組んだ細い道が多いなど、犯罪者にとって好都合な条件が揃っています。特に引っ越したばかりだと土地勘もありませんから、新生活の始まる4月は要注意。怪しい人と遭遇したら、明るい幹線道路の方向へ逃げないといけないのに、暗い路地の奥へと進んでしまうミスを犯しやすいのです」
 
 研究の過程で犯罪者から聞き取りを行ってきた清永氏は、彼らが狙う街や住まいに共通点があると続ける。

「物件選びで観察して欲しいのは、ゴミ捨て場や駐輪スペースです。無秩序に荒れていて、管理が行き届いていないと、犯罪者たちから“防犯意識が薄い”と思われ目をつけられやすくなる。またオートロックがついているからといって安心してはいけません。非常階段や隣接する建物の2階から侵入されないか、しっかり確認すべきです」

コンビニで獲物を物色
 安心安全な物件でも油断は禁物で、日々の生活にこそ死角があると清永氏は言う。
 
「意外と知られていませんが、犯罪者はコンビニで獲物を物色します。女性客の買い物カゴを見れば一人暮らしなのか判別できるし、毎日同じ時間帯に利用すれば生活パターンも分かる。素性を知られないために、日によって使うコンビニを変えると効果的です」
 
 厄介なことに、大抵の性犯罪者は、狙った女性宅の下見を欠かさない。
 
「学校名の入ったスポーツウェアなどをベランダで干すのも危険です。古典的な防衛策ですが、男性モノの下着を吊るしたり、一人暮らしでないと見せかければ犯罪者は諦めます」(同)
 
 侵入者は音、光、人の目を嫌がるため、一人暮らしに防犯ブザーは欠かせないと、清永氏はつけ加える。
 
「100円から数千円まで様々な品が売られていますが、最近のはどれも大きな音が鳴りますから値段は気にしなくて大丈夫です」
 
 さらに、都内の「100円ショップ」では、ガラスが割られるのを防ぐフィルムシートや窓を二重にロックする器具など、手軽に防犯グッズを入手できる。