中国山地の山の中、1日6往復しか列車の走らない福塩線というローカル線の小さな駅・甲奴。木造の駅舎こそあるもののもちろん無人駅で、朝と夕方に通学の学生たちで少しだけ賑わう程度のザ・ローカルの趣たっぷりの駅なのである。そんな小さな駅の駅舎の傍らに、お好み焼き「美里歩(おりーぶ)」は店を構える。営むのは、地元に生まれ育った奥田弘士さん。齢75にして、いまだに現役バリバリだ。

広島県福山市の福山駅から三次市の塩町駅に至る福塩線
甲奴駅の駅舎。左がお好み焼き「美里歩」

今は甲奴駅に列車はやってこない

「もうはじめて20年近くになりますかね。町が駅舎で店をやる人を募集していたので、手を挙げたんですよ。せっかくの駅なのに誰もいないと寂しいでしょう。だからここでお店をやりながらね、観光案内みたいなこともしてるんですよ。まあ、観光客はめったに来ないんですけど(笑)」

 奥田さん、手際よくお好み焼きをつくりながらこう笑う。が、観光案内もなにも、今は甲奴駅には列車はやってこない。7月の西日本豪雨の影響で、福塩線はいまだに運転見合わせ中。JR西日本は甲奴駅を含む上下~塩町は10月中、残る府中~上下は来年1~3月中に運転再開見込みと発表している。

「福塩線は山陽本線とつながっているからそう簡単に廃止になることはないと思うんです。三江線とは違うから。でも、いつかはなくなっちゃうんでしょうね。まあ寂しいっちゃ寂しいけど、しかたない」(奥田さん)

芸備線、呉線、日田彦山線……被災相次ぐローカル線

 災害によって危機に瀕するローカル線は、なにもこの福塩線に限ったことではない。西日本豪雨では他にも芸備線や呉線でも長期間運転見合わせの区間があり、そのうち一部区間は、早くとも来年1月以降の運転再開見込みだという。もちろんそれだけではない。JR九州の日田彦山線(添田~夜明)は昨年の九州北部豪雨で被災していまだに復旧の目処すらたたないし、一昨年の熊本地震で被害を受けた豊肥本線・南阿蘇鉄道もいまだに寸断されたままだ。

中国地方の山間部を走る芸備線
車窓から瀬戸内海を眺望できる呉線

そして北海道の地震でも過疎路線にダメージ

 さらに、9月6日未明に北の大地を襲った北海道胆振東部地震。電力問題もあってJR北海道の全路線が運転見合わせに追い込まれた。札幌~新千歳空港間など利用者の多い区間から徐々に運転を再開し、今月中には震源に近い日高本線以外は通常通りに戻るという。とはいえ、国から2年間合計約400億円の公的支援を受けていざ経営立て直し……という矢先の厄災である。過疎路線廃止への動きが加速するのは間違いないだろう。今年3月いっぱいで廃止されたJR三江線の沿線住民は言う。

被害の大きかった北海道厚真町を通る日高本線では復旧の目処がたっていない

「三江線もなんども水害で停まってね。そのたんびに乗客がどんどん離れていった。昔は学生さんが通学で使っていたけど、それだってスクールバスになっちゃったしね。オトナはクルマしか使わないし……。みんな寂しい寂しいって言ってくれるけど、私らの生活はJRがあってもなくても変わらないよ」

 地方の人口が減少の一途をたどるなかでの相次ぐ自然災害が、こうした地方の過疎路線の危機を一層加速させているのだ。この傾向は、現状を考えると今後も変わることはないだろう。

「昔は貨物列車も走ってたんだけどね」

 
甲奴駅でお好み焼き屋を営む奥田弘士さん
 ここでもう一度、甲奴駅の奥田さんの話に戻ろう。
「いやね、私が子供の頃は町にもたくさん人がいたんですよ。オトナになってからも青年団で企画してマツタケパーティーみたいなのをやったりした。山でよくマツタケが取れたんです。あちこちからすごくたくさん人が来てね、大成功でしたよ。だけど、だんだん人が少なくなっちゃって、そうなると山の手入れができなくなる。それでマツタケも取れなくなって……。商店街もだいぶ賑やかだったんですよ。駅前で日用品は全部揃う。だけど、後継者がいないでしょう。それでどんどん店じまいしていって、飲食店もほとんどありません。ウチとあと他にいくつか、くらいですよね。そうなっちゃうとますます若い人には不便です。鉄道にしたって、昔は貨物列車も走ってた。木材とかを運んだり、宅急便なんてなかったからそれも鉄道ですよ。チッキって言ってね。だけど、いまは1日6往復だけですからね……」
「帰省してくる子どもたちがかわいそうだな」
 まさに町の栄枯盛衰を見守り続けてきた奥田さん。災害で寸断された福塩線に対する思いもいかばかりか……。
「でもねえ、私らの生活は変わらんですから。買い物に行くにもクルマだからね。子どもたちは代行バスで学校に行くから多少は不便でしょうけど。ただ、やっぱり列車が来ない駅で店をやっているというのも……。たまにやってくる旅行客もすっかりいなくなっちゃったし、それに帰省してくる子どもたちがかわいそうだな、とは思いますよ」

 
甲奴駅周辺の街並み
 広島や福山など近くの都市からならば、鉄道がなくともクルマで帰省することができる。けれど、大阪や東京からの帰省となると話が違う。これまでは鉄道で甲奴駅までやってきて、そこからタクシーやクルマを使う人が多かったという。だが、鉄道が寸断された今年のお盆は……。
「ウチの子供なんて、横浜からずっとクルマを運転して帰ってきたんですよ。80歳・90歳のおじいちゃんおばあちゃんが、福山とかまでクルマで迎えに行ったという話もあって。そうなると、やっぱり危ないし、帰省してくる子どもたちも遠慮しちゃうじゃないですか。それでますます帰りにくくなったりして……」
 

「今年もカープは優勝しそうですから、楽しみですね」

 福塩線の全線復旧見込みは来年1~3月。となると、年末年始はいまだ鉄路は戻らず、帰省に難儀する人たちも多くなることだろう。もしかすると、甲奴の町は例年以上に寂しいお正月を過ごすことになってしまうのかもしれない。

お好み焼き「美里歩」の店内。カープのポスターが飾られている

「ただね、楽しいこともあるんです。ウチ、見ての通りカープじゃないですか。カープが優勝すると、店の前に机並べて祝勝会ってほどじゃないんだけど、大々的にやるんですよ。バスが来る時だけみんなでテーブルを動かして場所を開けたりしてね(笑)。町の人がみんな来てくれますよ。今年もどうやらカープは優勝しそうですから、楽しみですね」

 この甲奴駅や福塩線のように、1日数本の列車しか来ない町は日本全国いくらでもある。それが、災害によってさらに大きな打撃を受けて存続の危機。もとより町に暮らす人も奥田さんのような“駅ナカ”の経営者もお年寄りばかり。人口減少と高齢化、そして自然災害……。地方の小さな町とそこを走る過疎路線は、いま深刻な危機に瀕しているのだ。

写真=鼠入昌史

西日本豪雨によって長期不通が続く福塩線、芸備線、呉線。赤は年明け以降運転再開予定、緑は10月までに再開予定の区間