東名高速道路で運転妨害を繰り返したうえに
東名高速道路で運転妨害を繰り返したうえに、追い越し車線に車を停車させ、追突事故を引き起こし夫婦の人命を奪った事件。逮捕された石橋和歩容疑者(25才)。その逮捕容疑は「過失運転致死傷罪」だ。
同罪は「7年以下の懲役または禁錮もしくは100万円以下の罰金」と定められている。これは通常の人身事故と変わらない刑罰で、罰金刑で済む可能性すらある。交通事故に詳しい東京永田町法律事務所の加藤寛久弁護士が解説する。
「交通事故には、最高20年の有期刑を科す『危険運転致死傷罪』があります。ただし、これを適用するには、運転手の行為が酩酊運転、高速度運転、未熟運転、妨害運転等に該当しなければならない」
一見すると石橋容疑者の行動は「妨害運転」に該当しそうだが、司直の見解は異なる。
「危険運転致死傷罪が成立するのは、先の危険運転で“人を死傷させた”ケースです。今回の事故でいえば、石橋容疑者が妨害運転をしたと認定されても、彼自身が死傷させたと判断できるかどうか。ここに法的な難しさがあるんです。今後の捜査次第で危険運転致死傷罪に該当すると判断できる可能性もあるが、現時点では難しい。このため、警察は刑の軽い『過失運転致死傷罪』で逮捕したのだと思います」(加藤弁護士)
石橋容疑者が危険運転致死傷罪での逮捕ではなかったことについて、「事故のきっかけを作っておいて、なぜ?」と疑問が噴出している。『バイキング』(フジテレビ系)でも、坂上忍(50才)が「法の矛盾を痛感する」と憤り、山本譲二(67才)も「殺人だと思う」と断言した。
過失運転致死傷罪と危険運転致死傷罪を分ける「法律の壁」は、これまで何度も議論となってきた。
2000年4月、神奈川県座間市で検問から猛スピードで逃走した車が歩道に突っ込み、通行中の大学生2人を即死させる「小池大橋飲酒運転事故」が発生した。運転手は飲酒していた上、無免許だったにもかかわらず、判決は業務上過失致死罪で懲役5年6か月。
これに対し、遺族の母親が、「人を殺めながら窃盗罪(10年以下の懲役)より軽い罪なのはおかしい」と法改正を求める署名を始めた。
前年(1999年)には一家4人が乗る乗用車に飲酒運転の12トントラックが追突し、女児2人が死亡する「東名高速飲酒運転事故」が起きており、相次ぐ悪質な事故とそれに見合わぬ刑罰に国民の不満が爆発。遺族は37万人超の署名を集め、2001年11月、危険運転致死傷罪が成立した。
以降、悪質な交通事故が同法で裁かれるケースは確かに増えた。2006年8月、福岡県福岡市の「海の中道大橋」で、会社員の乗用車が飲酒運転の車に追突されて博多湾に転落。同乗していた3人の子供が亡くなる事故が起きた。当時22才の運転手に同法が適用され、最高裁で懲役20年の刑が確定している。
静岡の夫婦死亡 危険致死傷容疑を断念
◆神奈川県警
車を運転中に前方の車をあおるなど、道路交通法違反の車間距離不保持で摘発されたのは、昨年に全国で七千六百二十五件あり、このうち高速道路での違反が九割近い六千六百九十件を占めたことが、警察庁への取材で分かった。
神奈川県大井町の東名高速で今年六月、追い越し車線に停車中のワゴン車が大型トラックに追突され、静岡市の萩山嘉久さん(45)、妻友香さん(39)が死亡した事故でも、夫妻が直前に別の乗用車とのトラブルに巻き込まれ、あおられていたことが神奈川県警の捜査で判明しており、走行中の車同士のトラブルの身近さが浮かび上がった。
神奈川県警は、萩山さん夫妻とトラブルになった福岡県中間市の石橋和歩容疑者(25)を、自動車運転処罰法の過失致死傷容疑などで逮捕した。当初は、最高刑が懲役二十年と約三倍の同法の危険運転致死傷容疑で立件を目指したが、法律の「壁」で断念していた。
萩山さんのワゴン車が追い越し車線で止まったのはなぜか-。県警は事故当時、現場近くにいた二百六十台以上の車を割り出し、運転手を聴取。ドライブレコーダーも分析した。
その結果、事故の約三分前、現場の約一・四キロ手前の中井PAで、石橋容疑者の車が通路をふさぐように停車していたのを突き止めた。たばこを吸っていた石橋容疑者を、萩山さんが注意。その後、石橋容疑者が萩山さんのワゴン車を高速道路で執拗(しつよう)に追跡し、何度も前方に割り込んで進路をふさぎ、追い越し車線に停止させたとみている。
萩山さんのワゴン車に衝突したのは後続の大型トラックだが、県警は石橋容疑者の運転が事故につながったと断定。危険運転致死傷罪の対象の六項目の一つ「通行妨害目的で、走行中の車の直前に進入すること」に当たるか検討した。
しかし、同罪に問えるのはあくまで「運転する行為」。事故は石橋容疑者が萩山さんの車を止め、車を降りた際に起きており、運転行為が中断していたため同罪の適用は見送った。
代わりに、危険な運転と事故に因果関係があれば立件できる自動車運転処罰法の過失致死傷罪を適用した。