川中美幸、母・久子さん思い号泣
演歌歌手の川中美幸(61)が6日、都内で営まれた母・久子さんの通夜の前に取材に応じた。
最愛の母・久子さんを「働き者で、苦労を苦労とも思わない、太陽みたいな人でした」と回想。川中が考えた星をモチーフにした祭壇のデザインは生前の久子さんの言葉から着想を得たそうで、「『私が死んだら夜空の星の中で一番輝いているのがお母ちゃんやと思ってや』と言ってくれて。それが一番印象深いです」と話した。
思い出の多さに涙で声を詰まらせると、「母の頑張りの全てが“川中美幸”という花になった。母あっての私です」と号泣。「仕事が好きで、人が好きで、愛にあふれた人でした。“一卵性親子”と呼ばれていた。92歳は世間で言うと大往生ですけど、できることなら1日でも長くそばにいてほしかった」と母をしのんだ。
通夜には演歌歌手の天童よしみ(63)、山本譲二(67)、五木ひろし(69)ら500人が弔問に訪れた。
生前の久子さんを知る天童は「昭和60年ごろにお母さんと初めてお会いした。1番うれしかったのは『よしみちゃん、美幸ちゃんと仲良く頑張ってね。仲良しになってね』といつも言ってくれたこと」と川中親子との思い出を吐露。「美幸さん、これからだんだんと寂しくなるだろうなと思うと、身につまされる思いです」と川中を思いやった。
五木は「長いこと家族ぐるみでお付き合いをしてきました。美幸ちゃんがどんなに悲しいかを想像すると、胸が痛い」とぽつり。「お母さんのお顔を見ましたけど、安らかな顔だった。楽しい思い出をありがとう、これからも美幸ちゃんを見守ってあげてねと伝えました」と話した
川中美幸の最愛の母、
久子さんが死去 92歳
演歌歌手・川中美幸(61)の母、久子さんが1日午前4時30分、東京都渋谷区内の自宅で、胃がんのため亡くなった。92歳。同日、川中の所属事務所「美幸ミュージックプロモーション」とレコード会社「テイチクエンタテインメント」がマスコミ各社にファクスで発表した。
久子さんと川中は姉妹のように仲がいいことで知られ、テレビなどでもたびたび共演していた。お好み焼き店を続けながら、川中を応援してきた久子さんは、2014年1月、心筋梗塞で倒れ、16時間に及ぶ大手術を受けた。以降、体調がおもわしくなく、川中が昨年3月いっぱいで19年間所属した事務所から独立した理由も、久子さんと過ごす時間を確保するためという。川中は当時、「母親の最期はしっかり見届けないと後悔する」と話していた。
通夜は6日午後6時から、葬儀は7日正午から、ともに東京都品川区荏原1-1-2の霊源寺で営まれる。喪主は長女の川中美幸が務める。葬儀委員長は日本作曲家協会会長の弦哲也氏が務める。