現在37歳になる会社員(おっさん)がこのブログを書いている。
年齢が近い男性は恥ずかしがらずに共感して欲しいのだが、
小学生のころ、空き地や公園、河川敷などに友達と一緒に
エロ本を探す旅に出たことはないだろうか?絶対にあるはずだ(笑)
そして、いつからおっぱいがテレビから消えたのだろうか。。。
(旅に出よう友よ、エロ本を探しに)
↑こんなことを言ってる場合じゃないw
今日はタイトルにあるように「性」と「生」について書きながら前回のブログで書いた秋葉原無差別殺傷事件にも少しふれる。エロスとタナトスというのはもともとはギリシア神話の神々の名前で、心理学者のフロイトが人間の無意識の世界を明らかにしたときに、性の衝動を「エロス」、死への衝動を「タナトス」と定義したことをきっかけとしてこの2つの言葉が有名になった。「生と死」という概念のほうが一般的であると感じるかもしれないが、フロイトは人間の根源的な欲望をエロスとタナトスと主張した。エロスはいわゆる「エロい」の語源となる言葉で、その欲望というのは人間にとって必要なものである。そして、問題となるのは次の文章である。【フロイトはカウンセリングや臨床治療の経験から、人間は幼少期の「異性の親」との関係のなかで「エロス」の要求を満たすことができなければ性格形成に問題が起こり、大人になって精神病にかかる可能性が多くなることを発見した。】
要約するとフロイトは正常な人間にはエロス(性の衝動)とタナトス(死の衝動)、この2つが共存している状態であるとし、この2つのバランスが崩れることで人間の精神に問題が生じると分析した。
そして前回のブログで書いた秋葉原無差別殺傷事件。その容疑者の母親の教育方針のひとつで異性という存在を徹底的に排除したことは上記のことに当てはまらないだろうか。
つまり、テレビからオッパイを取り上げることが果たしていいのだろうかと真面目に問いたい(笑)。そして、東京オリンピックの絡みでコンビニからエロ本を撤去する動きなどもある。空き地や公園、河川敷なども整備されてエロ本が落ちてる隙などこの2017年にはどこを探してもないかもしれない。お子さんをお持ちの方は幼少期の性の目覚めに関しては普通のことで人間にとって必要なことだと理解していただきたい。
(昔はポロリを期待して芸能人水着大会を楽しみにしていたものだw)

