はっきり言って、私は。
ダメなモノはダメだ。
という。
最後には、必ずその様になる。
私の事をキライな人が、すげぇサービスをしてたとする。
まぁ、個人的には嫌ってくる人は、キライなんで。
否定したくもある。
その人が、私をキライになった理由が
過去のトラウマ的な人の行動と私の行動の一致にあったり
狭い世界観の限定的な善悪判断だったり
仲の良い誰かが私を否定してた話に共感して、キライになったんで。
という浅はかな理由でも。
それはまぁ
別にいいわ。
だが、だからといって、全てを否定する訳ではない。
本当に良い事をやっている様に思ったら
そしたら、そのサービスは認めるさ。
やってる事は認めよう。
はっきり言ってキライだが。
でもさ、ビジネス的な理由で、私に対して、自分を持ち上げた
最もらしい物事にこじつけた
曲がった理由をくっつけて攻撃してくるなら
何の遠慮もなく、それはダメだ。という。
私も、様々な物事を見て、本当の善悪というものが、かなり曖昧になっている所はある。
でも、それでもやっぱり、最後に決めるのは「こうなってほしい」とか「こうあってほしい」
が見えた時だから。行動を止めるのも「これは絶対に違う」がよぎるから。
そうやって、今できる事をやっている自分が間違っていると思えない。
↓このマンガ面白かった。なぜか昨日購入したのだよね。
iPhoneからの投稿
