※このお話は未完成です。完成次第、タイトルを未完成から完成に変更いたします。また、加筆修正したのち、随時エブリスタにて公開予定です。


ハッピーライフ 結婚前のお話編

 ○ 桜木東西戦 ○

慶一と奈々の関係が恋人になってからのお話。

05.体験入学から04.体育祭の間くらいの時系列。

○登場人物○

千堂慶一
せんどう けいいち
奈々の恋人。成績は学年トップ。運動神経も良く、高身長と整った顔でかなりモテる男。
鈍感な奈々に誤解されないように、奈々以外の女性との接触はなるべくしないように徹底して生きてきた筋金入りの奈々一筋男子。
幼少期からずっと一途に思っている奈々に関しては嫉妬深く、執念深い。

西島奈々
にしじま なな
慶一の恋人。小さい時から、いつだって守ってくれて、優しくてかっこいい慶一のことが大好き。
慶一に執着されていることに気がついていない。
自分のことにはとことん鈍感な女子。

大野香織
おおの かおり
奈々の親友。奈々が大好きで、常に慶一と奈々の取り合いをしている。

上村優貴
うえむら ゆうき
香織の彼氏。慶一の友達。成績は慶一と同率で学年一位。陸上部のエース。学校一のモテ男。

高梁明
たかはし あきら
慶一と優貴の友達。南の彼氏。慶一と同じサッカー部所属。

太刀川南
たちかわ みなみ
明の彼女。新聞部所属の活発な女の子。浩太の幼馴染。

中川浩太
なかがわ こうた
慶一、優貴、明の友だち。サッカー部所属。明とは小学校からの仲良し。勉強と空気を読むのが苦手な傾向。



☆☆☆☆☆
今日は奈々たちが通う桜木西高校……ではなく。

桜木東高校へ来ていた。









 ○ 桜木東西戦 ○









わぁ……大きい………!!
そんな事を思いながら、初めて足を踏み入れた桜木東高校の校舎を見渡す。

敷地面積、校舎の大きさ、共に奈々たちの通う桜木西高校と同じくらいだとの話だけれど…

初めて目にするからだろうか。
東高の方が大きく見えた。


「…………」
「…………」
ふと見ると。
無言で慶一に視線を向けているのは、香織と高梁くんだった。

「……二人とも、どうかした?」
そう声をかけると、ゆっくりと奈々の方へと視線を向けてくれる二人。

「いや…機嫌良さそうだなって思って……(機嫌悪いのも嫌だけど、機嫌良すぎるのも怖っ……)」
そう言いながら、慶一にもう一度視線を向ける高梁くん。

機嫌が良さそう…?

「ね。機嫌良すぎて、気持ち悪いよね」
慶一から視線を逸らしたままに香織が言う。

機嫌良すぎて気持ち悪い…?

二人の言葉で、奈々のすぐ隣にいる慶一を見上げる。
彼は奈々と手を繋いだままに、桜木東高校の生徒とお話をしているみたい。

うーん……
言われてみると、確かに機嫌が良さそうだ。


「今だけだって」

そんな声が聞こえて、高梁くんと一緒に振り返る。

香織を後ろから抱きしめながらそう言ったのは、上村くんだった。

「こんなとこでやめて…」
そう言いながら上村くんを引き離す香織。

「今だけって、どう言う意味?」
そんな二人を気にした様子もなく高梁くんが言う。

「ここは他校だよ?千堂慶一の彼女が誰かを知らない人が多くいる。彼女が出来て浮かれてるのも、今のうちだよ」
そう言いながら笑う上村くん。

「ああ……そういうことね」
「どういうこと?」
上村くんの言葉が理解できたらしい高梁くんに問いかける香織。

「東高の顔見知りに彼女ができたって言い回ってはいるけれど、今日は東西戦だ。このあと出場競技にわかれて各競技で対決になる。千堂はサッカー部、西島は部活動に所属してないからクイズ大会だ。二人が離れたら、西島の周りには男が群がるだろ?」
「ああ……だから、機嫌がいいのは今だけって事ね」
「あと何分もしないうちに、氷点下まで千堂の機嫌が悪くなると思うって言いたいんだろ?」
そう言いながら上村くんを見る高梁くん。

そんな高梁くんを見てニコッと笑うけど、特に何も言わない上村くん。

「慶一の機嫌が良いのも気持ち悪いけど、機嫌が悪いのも最悪だよね……」
はぁ……っと揃って深いため息をつく香織と高梁くん。

慶一の機嫌が悪くなる……?
こんなに機嫌が良さそうなのに。

「彼女が出来て浮かれに浮かれてるよね、千堂のヤツ」
「そうだな。さっきから『俺も彼女が出来た!!』『コイツ、俺の彼女!!(手ぇ出したらぶちのめす)』って、会うヤツみんなに言ってるし」
「知り合い相手ならまだしも、初対面の人間にまで言いそうな勢いだよね」
「むしろ、言ってるんじゃないの?『コイツ(千堂)誰?』って顔した東高生もいたけど」
「ヤバいね。どんだけ浮かれてるの千堂」
「この距離にいて、俺らの声が何一つ届いてないくらいの浮かれ具合だからね」
「両思いになれると思ってなかったんだろうなぁ」
「ああ……ここ最近は彼女と付き合うことより、彼女を監禁することしか考えてなかったもんね」
「両思いになって付き合えるとは思ってなかったからこそ、こんなに浮かれてるんだろうな」

高梁くんと上村くんの話を黙って聞いていた香織が奈々に視線を向けた。

「かわいそうに……もう、逃げられないんだろうなぁ…」
そう言いながら、悲しげな目をする香織。

かわいそう?
逃げられない……?

「………いや。付き合ってなくても逃げられなかったんだから、付き合ったら当然逃げられないよ」
「だよねぇ……」
ため息混じりに高梁くんと香織が言う。

その時、突然。
奈々の身体が大きくて力強い何かに抱きしめられた。

「……え?」
ふと見上げると、慶一が奈々を抱きしめていた。
周りから奈々の顔を隠すかのように包み込んでいる。

「絶対に渡さねぇぞ。|奈々《コレ》は俺のだ」
どこかを睨むような顔をして慶一が言った。

コレは俺のだ……?

心の中で彼の言葉を復唱した直後、奈々の身体がより強い力で抱きしめられた。

ちょっ………
待って……

くっ

苦しい………



「…………はい。千堂、ストップ」
「お前、自分の力を見誤ってない?大事な彼女の息の根を止めるつもり?」
そう言いながら慶一の行動を止めてくれたのは上村くんと高梁くんだった。

たっ……助かった……

「奈々、大丈夫?ったく…何考えてんのよ、この怪力男…」
奈々を優しく抱きしめながら香織が言う。
彼女の視線の先には、慶一がいる。

その慶一は奈々だけをジッと見つめたままに、高梁くんと上村くんに押さえつけられているようだ。

なんだろう…?
彼の瞳には、いつもの光が無いように見えるのは気のせいだろうか……?

っというか、もしかして機嫌が悪い…?
さっきまでは機嫌が良さそうだったのに、どうしたと言うのだろうか。

今日は桜木東高校と桜木西高校による東西戦だ。
慶一は桜木東高校サッカー部との試合を楽しみにしているみたいだったのに。
どうして急に機嫌が悪くなってしまったのだろう……?

「思い出したんじゃない?自分の彼女が異常にモテることを」
そう言いながら小さく笑う上村くん。
そんな上村くんを見上げたのは香織だった。
「ああ…………(って、アンタは人のこと言えないでしょうが。下手すれば奈々より異性にモテるくせに)」

なんだろう?
慶一に続いて香織まで不機嫌そうに見えるんだけど……?

「|千堂《人》の彼女の事をとやかく言えないんじゃないの?上村は。ほら、見てよ。西高女子はもちろん、東高女子までお前を見て騒いでるけど」
そう言ったのは高梁くんだった。

「だから香織のそばに居るんだよ。俺の彼女は香織なんだってわかってもらうために」
香織の顔を覗き込んでニコッと笑う上村くん。

直後。
『きゃああーーーーーー!!!』
っと、大きな黄色い悲鳴が広がった。

ふと周りを見ると、東高、西高、共に数人の女子生徒が倒れていくのが視界に入った。
幸い、それぞれ近くにいた人が支えてくれたようで、身体を強打した人はいなかったように見える。

倒れた原因は、この人なのだろう……

そう思いながら上村くんを見上げる。

見上げた先にいる上村くん本人は、なんとも複雑そうな顔をしていた。

「………なんでこうなるわけ…?」
「顔が良いのも大変だね」
っと小さく笑う高梁くん。

「(悲鳴が)マジでうるせぇ。お前、あの女どもを連れて俺から離れろ」
上村くんに向けてそう言ったのは、慶一だった。

「いや。顔のことを言うなら、高梁と千堂だって他人事じゃないはずだけど」
「確かに千堂はそうだけど、俺はそんなことないから大丈夫。他人事だよ」
そう言って笑う高梁くんに、どこか冷めた視線を向ける上村くんと慶一。

「………(そうだった。高梁にはあの|太刀川南《ヤバい女》がいるんだった。高梁相手に恋愛感情を持ち合わせたヤツが、高梁に簡単に近付けるハズがない。だからこそ、自分の恋愛には鈍感なんだった。そうか。だから高梁は他人事なのか…)」
「………(自分の女が、裏で俺や上村とそう大差ないことやってるとは夢にも思ってねぇんだろうな…)」

………?
なんだろう。
慶一と上村くんを交互に見上げる。

二人とも何か言いたい事があるように見える。けれど、何も言うつもりが無いのか声には出さないでいるみたい。

「良かったね。どこに行ってもモテモテで」
どこかトゲがあるようにそう言ったのは香織だった。

少しムッとした顔で上村くんを睨んでいる。
香織は怒った顔も可愛いなぁ。

って。
そんな事を思っている場合じゃなかった。

慶一、高梁くんの二人と一緒に、上村くんへと視線を向ける。

ああ……
想像通りだ……

香織がヤキモチを妬いてくれた事で、心底嬉しそうな顔をする上村くんがそこにいた。
なんて幸せそうな顔なのだろう。

そんな上村くんの顔を見て、「チッ」っと大きな舌打ちをしたのは慶一だった。

「おい、奈々」
不意に慶一が奈々の名前を呼んだ。

「なぁに、けい……」

次の瞬間。
奈々の頬に柔らかな何かが触れた。
それが慶一の唇だと気がつくのに、そう時間はかからなかった。

何が起こったのかわからず、思わず動けなくなった奈々を優しく抱きしめてくれる慶一。

え……?
え………?

今、慶一に………
え……?

「…………(キスしているように)見えた?」
「見えた」
慶一の質問に答えたのは高梁くんだった。

見えたって……何がだろう?

「コレだけたくさんの奴に見られたなら大丈夫なんじゃないの?」
「見てたのは、ほとんど上村目当ての女だろ。|奈々《コイツ》目当ての男に見られてないと意味ねぇよ」
「まあ、そうだけど…どうすんの?サッカーの試合出るの?出ないなら彼女と一緒に居られるとは思うけど…」
そう言いながら奈々に視線を向ける高梁くん。

「………出る。東高サッカー部には、絶対に負けるわけにはいかねぇ相手がいるからな」
「ああ……中学の時の、あの先輩?彼女は全く気付いてなかったけど、あの人もかなりしつこかったもんね」
「むしろ今でも諦めてねぇんだよ。どうかしてんだろあの野郎……これだから頭のおかしいヤツは嫌いなんだ」
「千堂。一応言っておくけど、その発言は自分のことを棚に上げてるからね」
「うるせぇよ」

「俺と中川と千堂はサッカー部の試合対決。上村は陸上部で対決。南は新聞部で一部の一般競技に参加するけれど、基本は取材と撮影で不在。大野は一般競技に参加しつつ、生徒会で不在になる」
高梁くんが言えば言うほど、慶一の表情が険しくなっていく。

「クラスのみんなもそれなりに部活に入ってるから、彼女をぴったりガードできる人ってあまり居ないかもね」
「………おい、奈々。今だけサッカー部のマネになれ」
「え?マネ?」

急にどうしたと言うのだろうか。
サッカー部の臨時マネージャーになった事は何度もあったけれど、長期はダメだと慶一に断固反対されていた。
ちなみに臨時マネージャーになるのは全国大会への出場や合宿など、家を不在にする時だけだ。
慶一が部活で不在になる時は、絶対に参加させられている。
こんなに何度も入ったり辞めたりみたいな事をしていいものなのだろうか…?
うーん……よくわからない。

「もう正式にサッカー部のマネージャーになってもらうのはダメなの?」
「ダメ。コイツ以外、マネまで全員男なんだぞ。あんな飢えた猛獣の中に置いておけるわけがねぇだろ」
「なら、どうして合宿の時は連れてくるわけ?部活よりも宿泊の方が危ないんじゃないの?」
「この俺が張り付いてんだから危ないわけがねぇだろ。んなことより、奈々を家に残して出てくる方が心配でどうにかなる」
「どういうこと?」
「俺が居ない時に限って、西島家に強盗が入ったらどーすんだよ!!せめて、俺の家に閉じ込めておけるなら……」
「わかってると思うけど、西島のお父さんって警察官だよ?警官の家とわかって強盗に入るなら、相当イカれてると思うんだけど…」
「イカれてるから、心配なんだよ」
「…………まさか、これまでに入られたことあるの?」
「全部入る前に始末したから、それはない」
「………一回じゃないのか」
そう言いながら奈々に視線を向ける高梁くん。

一体、何の話をしているのだろう…?


☆☆☆☆☆


「………奈々なら、私が一緒にいるから大丈夫だよ」
そう言ったのは香織だった。

一緒にいるから大丈夫…?

ああ、そうか。
ここは他校だ。
東高の校舎で、奈々が迷ったりするのを心配されているのだろう。

『迷子にならないから大丈夫だよ』
そう言えたなら、どれほど良かったのだろう。

「慶一…奈々、迷子になってばっかりでごめんね」
シュンっとしてそう言うと、慶一が小さくため息をついた。
そのため息を聞いて、ビクリと震える奈々の肩。

そんな奈々を優しく抱きしめてくれる慶一。

「違う。お前にため息をついたんじゃ無い」
そう言いながら、優しく頭を撫でてくれる彼。

「いつも通り、余計なものは始末すればいいだけだ。だからお前は、いつも通り俺の隣で笑っていてくれればそれでいい」
そう言って笑った彼が、凄く眩しかった。

それはキラキラと輝く彼の赤い髪が眩しいのか、それとも彼の笑顔が眩しいのか、どちらなのだろう。

どっちも、なのかな。

強くて優しくてかっこいい慶一が大好きで仕方なくて。
大好きだから、彼が眩しく見えるのだろうか。

いつか誰かが言っていた言葉を思い出す。


『やっぱ、惚れた方が負けなんだよね〜』


そうかもしれない。
こんなにもキラキラして見えてしまうほどに、奈々ばかりが慶一の事が大好きだ。

慶一も奈々の事が好きだと言ってくれたけど、それはどれくらいの好きなのだろうか。

「奈々の大好きの半分くらいでもいいから、好きになってくれたらいいのに……」
小さな声で呟いた言葉。
それは慶一にも、そばにいたみんなにも聞こえなかったようだった。



「…………どこからツッコミすればいいんだろう?」
「………しなくていいんじゃない?」
「いや、無理!!スルーできない!!」
「あはは!できないんだ?」
「なんで?どうして奈々は気にならないんだろう………?」
「気にならないって?」
「千堂が『いつも通り、余計なものは始末すればいい』って言ってたことじゃないかな」
「ああ……そっちか」
「香織はそっちの方が気になったみたいだね」

「………俺は西島の呟きの方が気になったけどね…」
「あははは!俺も!」
「仮に西島の(千堂に向けた)愛の大きさが地球相当のサイズだとしたら、千堂(の西島に向けた愛の大きさ)なんて宇宙の広さだと思うけどね」
「本当の宇宙の広さはわかっていないけどね。でもそうだね、千堂ならそうかもね」
「少なくとも、西島が思っているような大きさでは無いよね」
「そうだね。それだけは無いね。愛の大きさも重さも、千堂のは格が違うと思うよ」


よくわからない話をみんながしているその時だった。
開会式が始まるアナウンスが流れてきた。
案内に従ってみんなと一緒に移動をする。

「おい、奈々」
不意に、すぐ隣にいた慶一に名前を呼ばれて彼を見上げる。

「なぁに?慶一」
「お前、クラスのヤツらから離れるなよ」

クラスのみんなから離れるな…?
ああ、迷わないようにってことかな。

「うん、わかった」
「それから、人の少ない場所には近付くな。特に一人でいる時は絶対に」
「人の少ない場所……?」

今日は校舎のあちこちが立ち入り禁止となっているらしい。
いま奈々から見える場所からもいくつか立ち入り禁止のテープが貼られている。
そういった場所に行かないでって事かな…?

「うん、そうするね」
「……………」
コクンと頷いて返事をしたけれど、なんだか納得した顔をしていない慶一。

「……千堂。俺と高梁もなるべく様子を見にいくから」
そう言ったのは上村くんだった。
「うん。同じサッカー部でも、人数が多くて俺らはチームが分かれてるだろ?その時に俺も様子を見に行くから。あとで中川にも言っておくし」
「ほら行くぞ、千堂」
「…………」
どこか納得した顔をしていない慶一が奈々をジッと睨む。

「………?」
どうしたのだろう。
ジッと奈々を見つめる彼を奈々も見つめる。

「……何でもねぇ。とにかく一人で人の少ない場所に行ったりすんなよ」
そう言いながら奈々の頭を優しく撫でる大きな手。

「うん」

「わかったって言ってくれたんだから、もういいだろ?行くぞ」
そう言うと、上村くんが慶一を連れて行ってしまった。

…………あれ?
行くって……どこに?

周りを見渡せば、近くにいるのは同じクラスのみんなだった。
いつの間にかクラスの集合場所まで慶一たちが連れてきてくれたようだ。
それなのに、慶一と上村くんはどこへ行くのだろう……?

「……ん?あれ?アイツらクラスの列に並ぶんじゃないの?」
離れていく上村くんと慶一を見て高梁くんが言う。
「ああ…あの二人、桜木西高校の代表だから」
二人の背中を見て香織が言った。

「え?……代表?」
「うん。開会式で各校の生徒会長の挨拶の後に、代表者の選手宣誓があるでしょう?西高はあの二人らしいよ」
「へぇ…そうなんだ。三年じゃなくて、一年のあの二人なわけ?」
「例年だと三年生なんだけど、今年は一年生らしいね。東高校の代表者も同じく一年生みたいだし」
「え?東高も?」
「うん。高梁もよぉ〜く知ってる人だと思うよ。奈々と私もね」

「……え?奈々も知ってる人……?」

………って、誰だろう……?






**********


ステージに上がった男子四人を見た瞬間。
周りの熱が一気に上がったような気がした。

いま、西高校の代表の慶一と上村くん。
それから東高校の代表の男子二人がステージの上で選手宣誓をしている。

「…………?」

誰がいるのだろう?
奈々の背が低いせいで、ステージの上が全く見えない。
奈々の知っている人とは誰なのだろう…?

会場のあちこちから「やばい!!」「かっこいい!!」って声が聞こえてくる。

そのほとんどが上村くんに向けられた言葉だとは思うのだけど、慶一に向けてそう言っている人も多い事だろう。

慶一は奈々の彼氏なのに……

ほんの少しだけムッとしてしまった。
なんて心の狭い女なのだろう。

こんな彼女でごめんね、慶一………




**********

「はーー……俺、もう帰っていい?」

開会式が終わった直後。
そう言ったのは上村くんだった。

「お疲れ様、優貴。やっぱりあの二人の喧嘩を止められるのは優貴と彼しかいないって思ったよ」
上村くんにそう言いながら笑うのは香織だ。

「俺と彼より、西島と宮寺が出れば良かったんじゃない?」
どうして俺がこんなこと……っと呟きながらため息をつく上村くん。

えっと……?
何があったのだろう……?

なんだか揉めているような声は少しだけ聞こえてきたけど、それが誰と誰の声かなのかはハッキリと聞こえなくてよくわからなかった。


その時、突然。

奈々の身体が急に何かに包まれた。
それが力強い男の人の腕だと気がつくのはすぐだった。

奈々よりも少しだけ高い体温。
なんだかすごくいいにおい。

これって…

「奈々。俺を癒して」
そう言いながら少しキツイくらいに奈々を抱きしめているのは慶一だった。

「慶一…?……癒してって、何かあったの…?」
奈々を抱きしめ続ける彼を見上げて問いかける。

「…………ああ、そうか。出席番号順に並んでたから、西島には見えてなかったのか」
「そういえば、奈々の前にいるのは中川だったね」
「うん。俺の身長に感謝しろよ、千堂」
高梁くん、香織、中川くんが順に言った。

うーん……?
本当に何があったのだろう…?

「なんだ。奈々に見えてないなら派手に暴れても良かったんだな」

「ふざけんな。止めるこっちの事も少しは考えろ」
あーーもう、やだ…っと呟きながら香織を抱きしめる上村くん。

いつもなら人前でくっつくことを嫌がる香織が、今日はされるがままに大人しくしている。
苦笑いで「おつかれさま」っと言いながら。





「さすがの大野も、これには抵抗しないんだな」
「まあ、目の前でアイツらの喧嘩を止めに入って疲れた彼氏相手に対抗しないよなぁ…」
中川くんと高梁くんがそんな話をしている時だった。

『えー!!うそ!?彼女持ちなのー!?』
『あんなかっこよくて、彼女いないわけないかぁ…』
『二番目でも三番目でも、いっそ末端でもいいから私も彼女にしてほしい』

そんな声が聞こえてきたのは。

ふと声のした方へ視線を向けると、東高の女子たちが上村くんを見てがっかりしていた。

上村くんに彼女がいる事に落胆しているようだ。

………?
あれ?
慶一が何も言われないのはどうしてだろう…?

ふと見ると、慶一は奈々の胸に顔を埋めていた。
何をしているのだろう……?

ああ。
そうか。
背の低い奈々の頭の位置よりも、彼の頭は今は低い位置にある。
慶一の姿が見えない事により、彼のことを騒ぐ女の子が居ないのかも。

慶一に彼女がいるとわかったなら、奈々も見知らぬ女の子たちにがっかりされちゃうのかな。

でも。
この人だけは譲れないもん。
奈々を好きだと言ってくれた。
彼が奈々を好きだと言ってくれる限り、奈々は彼を諦めるつもりなんてない。

慶一の心が奈々のものである限り、この人は誰にも渡さない。


そんなことを思いながら、目の前にある彼の頭をギュッと抱きしめる。

「…………………」
しばらくして、顔をゆっくりと上げた彼が立ち上がった。

そうして今度は奈々が彼を見上げるいつもの視線に戻る。

そうして背の高い彼の顔が周りからよく見えるようになったその瞬間。
一部から「かっこいい〜!!」って悲鳴にも似た声が聞こえてきた。

「どうした?」
そんな声を完全無視して、奈々の顔を覗き込んで彼が言う。

「…………慶一の彼女は奈々だもん」
「………?(何を今さら…?)ああ、うん」

「慶一……浮気しちゃダメだからね」
「………………………は???(できるわけねぇだろ)」
※「しない」ではなく、「できない」

「奈々の彼氏なんだから、浮気はダメ…」
そう言いながら、どこか困惑している彼の服を掴む。

「……………………(ああ。珍しくヤキモチ妬いてんのか、コイツ…)安心しろよ、奈々。俺は浮気なんて絶対にしない。お前以外の女は女と思ってもいない」
そう言いながら優しく笑う慶一。

「つーか、お前こそ他の男について行くなよ。西島奈々は俺の彼女なんだから。浮気なんて、絶対に許さねぇからな。それやったら、その場で監禁してやる…」
最後の方はあまりにも声が小さくて、彼の声が聞き取れない。

「えっと…慶一?ごめん、よく聞こえなくて…」
「……とにかく。俺は絶対に浮気なんてしない。お前にとって、俺は優良物件な男だよ」
慶一がそう言った直後だった。

優良物件…??
いい人ってことかな…?

「………相手の自由を奪い尽くすほど執着する男の、どこが優良物件よ!!!浮気しなければ優良物件ってわけじゃないのよ!!!」
そう言ったのは香織だった。

「あー…ゴミがうるせぇから外(サッカーグラウンド)行ってくる。あとでな、奈々」
「え?あ…うん」

「誰がゴミなのよ!!」っと怒る香織を完全無視して、慶一は走って行ってしまった。


☆☆☆☆☆