昨日は循環器科医院へ。


9時半に受付し、紹介状を渡しました。


座るところもないほどたくさんの患者さんで、終わったのは13時半ぐらいでした。


電子カルテだったので3年前の検査結果と見比べながらの診察。


まずは心電図の結果。


『不整脈(心室性期外収縮)が頻繁に起きているから、動悸があるのは仕方がない』とのこと。


心雑音なし。


続いてエコー。


10分ぐらいかけて丹念に診てくださいました。


甲状腺の数値がいつも少しおかしいので、甲状腺あたりのエコーも。


心臓はちゃんと動いてくれていました。


心臓手術した部分も正常に機能しているので、手術をするのに支障はないとのこと。


よって、腹腔鏡手術を受けられることが決定しました。


クリニックが遠方なため、問題がなければ入院時に診断書を持参する予定でしたが、循環器科医院の方からクリニックへ郵送してくださるそうです。


ひとまず一つクリア。


ホッとしました。


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ダーリンにメール、そして母に電話で報告。


母は、先生に『左卵管を取らないと妊娠は無理』と言われたことを知っているので、『手術できない=子供を諦めないといけない』と心配で仕事が手に付かなかったそうです。


『子供を産めない上に、また心臓に何か悪いところが見つかったりでもしたらと思うと、あんたがかわいそうで・・・。』と泣いていました。


私は子供の頃から、心臓の負担が少ないように1歳でも若いうちに出産して欲しいと両親に言われて育ちました。


もうすぐ33歳になろとしている今、母にこんな思いをさせてしまっている。


そう思うと情けなくて、私も泣いてしまいました。


最近母から聞いた話では、父は安産のお守りを持ち歩いているらしいです。


2月の顕微授精で妊娠したら、渡そうと思っていたようです。


妊娠できなかったので出すに出せなくなり、財布などと一緒に持ち歩いている模様。


うれしいやら悲しいやらで、涙が止まりませんでした。


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私は右心房中隔欠損症という、心臓にたくさん穴が開いている先天性の心臓疾患でした。


心臓の血液循環がおかしくて心室が肥大し、肺にも負担がかかります。


発育が悪く、顔や身体が真っ青になることもありました。


心臓疾患の中では軽いうちに入ります。


軽いとは言っても、私の場合は手術で死亡する可能性は50%という説明でした。


(23年も前のことなので、今なら医学の進歩もあり死亡の確率はもっと低いと思います。)

人工心肺を使っての手術なので、死と隣り合わせです。


同じ病室の心室中隔欠損症だったお友達。


カテーテル検査では見つけられない部分にスポンジ状の無数の穴が開いていて、亡くなりました。


私は9歳にして自分の死と向き合い、生きていること、子供が産める身体にしてもらったことを感謝しました。


私が手術した時、母はちょうど今の私と同じ32歳。


入院している2ヶ月ぐらいの間に、母はほとんどの髪の毛が一気に白髪になり、円形脱毛症になりました。


私も子供ながらに死の恐怖と闘って、円形脱毛症になりました。


両親の気持ちがわかっていたので、入院中一度も、痛い、辛い、怖いなどは言いませんでした。


どんな辛いことでも痛いと言わないし、絶対泣かない強い子だと看護師さんたちの間でも有名でした。


本当は死ぬのがこわくて、手術することが決まってから毎日夜中にぬいぐるみを口に押し当てて泣いていました。



私は心臓の手術をしなければ、子供を望むことはできませんでした。



命をかけて今のこの身体を手に入れたのに、私たち夫婦も両親も、簡単に子供を諦めるわけにはいきません。


現実とちゃんと向き合って、悔いのないように治療していきたいと思います。