兄さんが亡くなったのを11/13に知った、10/9とある1月前のことだ まっまさか?と思った、そういえば"かわらばん"に出演情報が載っていないからどうしたと思っていた、脳の病気だったらしい春頃に倒れてから入院が長かったからだろうか?
兄さんは自分と同じ世代で歳は一つ下、どうだろう2~3年で20回位は黒門亭の龍馬さんとの二人会を観させてもらった、でも2020年のコロナから今迄の間落語から離れていて会わずだからもうかれこれ5年にもなるんだ!年月はいかに早いか 思い出すのは出会って最初の頃に観た「お直し」だ、長い!1時間位かこんな長講の話しをやるんだと思った、それはそれは気合い充分だったと覚えている、兄さんは上手いとかいうよりはこの人は落語が好きなんだなぁと感じた、次の月にはその感動をありがとうと焼酎を渡した覚えがある。
落語は上手くや面白く見せようとし過ぎない方がいいと思う、だから俺は咄が好きなんだ!という兄さんの落語が好きだった、それこそ注意書きみたいさえ渡したこともある、変な味付けをするなとそれを受け入れてくれたのか兄さんの落語は変わったように感じた。自分はこの人には情けない男や太鼓もちをやらせたらその地のままでいい味を出すだろうと思っていたもう少し歳を取れば人情の機微の深みも覚えてくるだろうと、真冬には鼻水を垂らしメガネを外した目が悲しさを感じさせた、寂しい男間抜けさ愛嬌さと、綺麗華麗ということからはかけ離れていているから師匠からは敬遠されていたのかとおもう、でもその駄目さみじめさが咄の世界には生きてくると思った、師匠伯楽.大師匠の馬生より志ん生の香りがしたからだ、そうだ猫好きだったことも咄に活かせるんでないかとも。
そういえば鈴本でトリをとったとはずだ良かったな何か残せたことだろう。兄さんといつかジョッキ🍺をコップの安酒を傾けあおうと思っていたがついぞ出来ずになってしまった落語会だってやりたかったんだよ兄さん! 兄さんを軽トラ🛻の横に乗せて故郷の広々した北海道への旅行芝居へ行くつもりだった、小三治.伯楽師みたいにさ楽しみにしてたんだぜ!兄さんの実家へ寄って大騒ぎして困らせてやろうと、だけどこうなりゃそうだ!根室までの墓参りのツアーにすればいいさ!龍馬さんのバイク🛵と一緒にね。
兄さん!友と呼べる程の付き合いは出来なかったけどもうこの世にいないのかと思うとス〜っと寂しい寒さがするんだ同世代がいなくなるのは、咄家は60になってからがいい味が出るのに何やってんの!と言いたいこんな終わりかたかよ!と、酒ばかり飲んでるからじゃないかい?と、でも兄さんにはそれがエネルギー源だったのだろうな、芸人らしいといえばな。
初めての投稿がこんなことか…でもやっぱり兄さんのことは書き残しておきたかったんだ、けして忘れないようにね何度となく観たあの日の馬遊の高座をね、もっと共に咄作りをやりたかった歳をとりたかった酒を飲みくだを巻きそんな戦友になれる人と思っていた…あぁ泣けてくる👁️💦
ちくしょうめ!と言いたいね…好きな落語と酒🍶とあの世があるならやってください
でも今はねどうぞ安らかに眠ってくださいありがとう兄さん…合掌🙏