麻賀多神社(台方)は
今から千七百年余前、印旛国造
(当時の大和朝廷の地方長官)
であった伊都許利命(イツコリノミコト)が、
現在の地に麻賀多神社大神として崇め、
以降近隣の麻賀多十八社の本宮として
地元の鎮守様として広く皆様から崇敬されています。
日本の国造りの神で、五穀の神様であり、
産業を司る神さまです。
伊勢神宮の内宮(天照大神)の姉神で、
外宮(豊受大神)は子神、
香取神宮の御祭神(経津主命フツヌシノミコト)と
鹿島神宮の御祭神(武甕槌命タケミカヅチノミコト)は
弟神になります。
境内左奥には、樹齢千三百有余年を誇る
東日本一の大杉があり、
パワースポットとしても人気の場所です。
拝殿右側の林の中では
心地よさを感じられました。
ただ道路が近いので、車の排気ガスのためか
空気が汚れているかも知れません。残念です。
境内社には天日津久神社があります。
昭和19年(1944年)6月10日、
岡本天明は、天之日津久神社に参拝後、
社務所で休んでいたところ、額のあたりに
「ピリッ」とした強い衝動と、
右腕に焼火箸を突っ込まれたような激痛を感じ、
たまらず手持ちの紙に筆をのせたところ、猛烈な勢いで
漢数字、記号、わずかなカナによる自動書記が始まりました。
これが「日月神示」と呼ばれるもので昭和36年まで続きました。
以後、解読して漢字と仮名交じりの文章に書き直されたものが、
「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。
主な内容は、「日本の敗戦やその後の復興についての予言」
「今後、日本人は骨抜きにされる」
「本来の日本人の在り方、生き方」「日本人の正しい食生活」
「将来の世界の形、ミロクの世」」
など広範囲にわたっていて、「予言書」的な記述も多いです。
■麻賀多神社(台方)
千葉県成田市台方1番地





