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あい・あむ・a dreamer

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はろろん。












バイト中や街中で



赤ちゃんだっこしてる親子連れを見かけるとなんだか暖かい気持ちになるんだ。



大事にされてるんだな。

って。

お父さんとお母さんの
幸せな顔を見るのがほんとにすき。










でも、生まれてくる人がいるってことは当然亡くなる人だっている。







さっきね、








ほんとついさっき。














ばぁばが亡くなったんだ。




ばぁばってうちのおじいちゃんのお姉さん。


お母さんのおばさん。

あたしのはとこの杏奈のおばあちゃん。


普通はそんなに関わらない親類だけど、うちんちは特別で

ばぁばの子どもはうちのお母さんの従姉妹にあたるんだけど、小さい頃から姉妹のように育ったこともあって、お母さんは
小さい頃からばぁばにべったりだったり、近くに住んでいるってこともあり、あたしも小さい頃からばぁばがいつもそばにいてくれたー。

ばぁばの孫の
ゆうくんとあんなもいつも一緒。
うちら5人兄妹で育ったよーなもん。




運動会に学習発表会に文化祭に。ばぁばが独り暮らしの時は学校から帰ると毎日うちん家にいたんだー。

んで夜ご飯一緒に食べて、お店終わってからお父さんがばぁばを送ってくの。


もちろんばぁばん家にも行った。

夜になると手つないでうちん家まで帰った。

昔の遊びをたくさん教えてもらった。


毎日顔見ない日はなかった。




でも、杏奈達とばぁばが同居始めたり、あいがテニス始めたら遠征と練習で会えなくなっていった。

あんなも反抗期だったしね。

でも、毎日すごい距離歩いてるばぁばを尊敬してたなー。






性格は頑固。

昔の堅い人。

でも、冠婚葬祭のこと聞いたり、習字が上手だからお祝儀袋の文字を書いてもらったり、お正月になると習字のコンクールの作品を持っていって一番いいの選んでもらうのが習慣になってた。

何十枚もあるのに、部屋一面に作品並べて真剣に選んでくれた。




あたしよりお母さんがとにかくばぁばをめっちゃ頼ってたんだよね。

お母さんも二十歳でお母さん(あいのおばあちゃん)を亡くしてるからだと思うけど。




それにお母さん達もあい達も大きくなってある程度自立しちゃうと、おばあちゃんてきっと寂しくなるんだと思う。だからお母さんは親戚中のばぁばの役割を作ってあげていたところもあるんだよね。



とにかくばぁばは、あたしの本当のおばあちゃんよりもおばあちゃんなのでした。










だけとね、

高校……2年くらいの時?



あんな達が旅行とかに行ってる時、久しぶりにばぁばがうちに泊まりに来てたの。


お母さんはお風呂に入ってたから二人きり。


ばぁばは布団に足だけつっこんで、あたしは足元で携帯をいじってたの。



あたしなんかイライラしてたんだよね、その時。

普通の会話だったけど、



だからばぁばとの会話も半分しか頭に入らなくて、適当に相づちうってたんだ。





そしたらいきなりね、

「おめーだれだ?」


って言われたの。




………………は?





ってなって、


「はいはい、なにふざけてんの.笑」

ってなるじゃん。

で気にせず携帯いじってたんだけど、

だんだん会話の内容が昔にさかのぼっていったの。ばぁばが昔やってたお店の話。いやいや知ってるわーって感じだったけど聞いてた。

「んでな、進ってのがいんだけどー」
っていって進さんについて話だすのよ。どんな人だとか、昔の成績とか…。




え、え、、つーかそれ



「ばぁばそれあたしのおじいちゃんだっぺ…」

「え?違うべ。そーかお前千勢子か。」



いやそれあたしのお母さんだから。


そろそろあたしも心臓がドキドキし始めてきた。

だってばぁばね、段々敬語になっていくのよ。他人行儀になっていくの。


怖くなって、怖くなって、怖くなって、説明しても全然分かってくれなくて。


色々質問していって分かったことは、お母さんから下の世代の記憶が全くないの。ばぁばの中で消えてるの。思い出も何もかもないの。



あたし何も言えなくなっていった。



んでお母さんがお風呂から上がって部屋に入ってきて、そこには普通に会話するばぁばと号泣してるあいがいるわけ。

母びっくり。


普段からさ、物忘れしたときとかみんなでばぁばのこと「ボケてきたんだっぺー笑」とかいってからかってたりしてたから、お母さんも始めはそんなノリで笑ってて、でも


ばぁばはお母さんにあたしのことどっかの近所のお嫁さんだっぺとかいい始めて、なんでここさいんだー!つって。

あの時、お母さんの顔がみるみる変わっていったの覚えてる。







この夜のことは人生のなかでもすごく衝撃的だった。



それから一定の間隔でうちのこと分からなくなる時間がくるの。


そして改めて


「認知症」の怖さを知った。


あんなに一瞬にして人の思い出をなかったことできるのか。


大切な思いも、出来事も、人も。





そんなこんなで「認知症」になるということは地図も見れないということで、外出できなくなり、体が弱り歩けなくなる。




お母さんが

一番認めたくなかったに違いない。





今も大丈夫かな…。


すごく心配。


さっきあんなから号泣TELきたし。




だから火曜日の2限が終わったら
福島帰ることにしたよ。


最後のお別れしてくる。




死因は老衰。

もうよく頑張ったよ、ほんと。





癌、急死、自殺、交通事故、



色々見送ったけど、

老衰で、しかもある程度心の準備ができてる人の死って今までにないくらい冷静なんだわ…。


てかたぶんあたししっかりしなきゃだし。






やっぱり人間に生まれたからには、苦しまずに自然と息をひきとる老衰で死にたいな。

認知症はなしで…



そんなことを思ったよ。













うーん、元気でないな(/_;)




ばいちん








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