ある知的障害者の通所授産施設「ふれあい共同作業所」に19年間、 毎月欠かさず匿名の寄付が届けられている。その総額は2500万円近く。だが、振込人は 「アイ」と書かれているだけだ。施設の人たちは、「アイ」さんに何とかして感謝の気持ちを 伝えようと、入り口脇に設けた赤いひさしに「ありがとうアイさん」と書いた。  29人がパンを焼いたり、軍手を束ねたりする作業所。入り口の脇に今年付けられた 幅3・2メートル、奥行き3メートルの赤いひさしに、白抜きで書かれた文字がひときわ目を引く。  「何とかアイさんに感謝の気持ちを伝えたい」と、職員らで話し合って入れたアイさんへの メッセージだ。ひさしは、通所者の自転車を雨から守り、その下でみんなでバーベキューなどを 楽しむ。  「アイ」さんの寄付が始まったのは1990年11月。作業所が土地を借りていた地主が亡くなり、 立ち退きを迫られている時、空き巣に入られたのがきっかけだった。  寄付やバザーで集めた81万円が盗まれ窮する作業所の姿を報じた本紙記事に応え、寄付が 集まった。その中にアイさんからの20万円もあった。  その後も「アイ」名義で、毎月20万円が振り込まれ続けた。アイさんの寄付などで、作業所は 土地を購入。12年後には念願の増改築をし、定員が倍の30人になった。  寄付は少しずつ減ったが、今も毎月欠かさず1万円が振り込まれている。作業所側は振込人を 調べたが、銀行の支店までしかたどれなかった。  増改築を伝える記事が出た後、一度だけ絵はがきが届いた。「お役にたてたようでよろこんで おります。私もいつまでつづけられるかわかりませんが、健康に気をつけて、私も皆様もがんばり ましょう」などと丁寧な字で書かれていた。  手紙には切手がはってあったが、消印はなかった。「直接届けに来てくれたんじゃないかと。 ひょっとしてまた見に来てくださったらと、ひさしにメッセージを書きました」と、  「アイさんに、どんなに勇気づけられてきたか。苦しくても絶対につぶせないと踏ん張ってこられ ました」  約20年の「愛」への感謝-。ひさしのメッセージはきっと伝わる。施設の人たちは、そう信じている。