届け先不明

エリオ・ヴァーゼルは目を覚ますと、自分が誰かすら分からなかった。

彼の目の前には広大な宇宙が広がり、無音の世界に包まれていた。船内は静まり返り、ただ光源が穏やかに輝いているだけ。どこか懐かしいような、けれど見知らぬ空間にいる感覚があった。

エリオ・ヴァーゼル。次の配達先は未設定です。

機械的な声が響く。その声は冷たく、無機質に感じられた。エリオはただ、どうして自分がここにいるのか、どんな目的で宇宙を漂っているのかを理解できなかった。何も思い出せない。記憶の中には、空白が広がっていた。

船内を歩きながら、ふと、ひときわ目を引くロッカーの前に立ち止まった。そこには見覚えのない箱が置かれており、届け先不明という警告が赤く点滅している。エリオは迷うことなくその箱を手に取った。手にした瞬間、何か強く引き寄せられるような感覚が走った。

箱を開けると、中には一枚のディスクと、手紙が入っていた。手紙には、こう書かれていた。

エリオへ。
君がこれを読んでいるということは、記憶を失っているということだ。だが、安心してほしい。全ては計画通りだ。
このディスクには、君が忘れてしまった真実が記録されている。再生すれば、すべてが明らかになるだろう。

未来の君より

エリオは手紙を握りしめたまま、ディスクを読み込み装置にセットした。すぐに画面に映像が現れた。そこには、彼と全く同じ顔をした男が映し出されていたが、目つきが鋭く、どこか冷徹な雰囲気を漂わせている。

エリオ。これは、君だ。正確には、未来の君だ。

映像の中のエリオは、静かに語り始めた。

君は、配達員ではない。監視者だ。君が忘れてしまったことだが、君の使命は、宇宙中の可能性の芽を潰すことだった。人々の自由や希望を圧倒し、進化を止めることが俺たちの役目だった。しかし、ある時、俺はそれが間違っていることに気づいた。

エリオは息を呑み、映像に引き込まれるように見入った。

俺は、記憶を消し、過去を忘れることで、この宇宙を変える道を探した。君も今、その選択を迫られている。すべてを思い出し、真実を受け入れ、戦うか。それとも、何も知らずにこのまま過ごすか。

映像はそこで途切れ、暗く静かな宇宙が映し出される。

エリオはその場にしばらく立ち尽くしていた。未来の自分の言葉が胸の中で反響していた。何もかもが信じられない。だが、胸の中で湧き上がる感情を抑えることはできなかった。

俺は、戦うべきなのか?

ディスクを取り出し、エリオは手紙をポケットに入れた。再び航路設定を始め、船内が静かに震え、推進エンジンが起動する。彼は、心の中で決意を固めた。

届けに行こう。未来を、変えるために。

そう呟くと、窓の外に広がる宇宙の星々がひときわ輝きながら流れていった。エリオ・ヴァーゼルは、記憶を失ったまま、それでも未来を切り開くために、宇宙へと向かって旅立つ決意を固めた。