ハウジング恒産は新宿の不動産会社で、
私もそこで部屋を借りているのだけれど、

部屋を借りた後も対応が良くて、
本当に助かっています。


この前も、
洗面所の天井にある電球が切れたのですが、
届かないし、電球を変えるにも種類が分からなかったので、
問い合わせてみたところ、

わざわざ部屋まで来てくれて、
電球を交換してくれました。


しかも、
電話に出たのは男性でしたが、
部屋に来てくれたのは女性の方ラブラブ



部屋探しの時も、
私の厳しい条件にあてはまる部屋がなかなか見つからず、
他の不動産屋がギブアップしている中、

そして私自身もかなり妥協していた中で、


ハウジング恒産の方は、
まさにぴったりの部屋を見つけてきてくれましたニコニコ



社員の方々の雰囲気も良く、

不動産屋ながらも、

とても親しみが持てましたチョキ



今度部屋を借りるときにも、
相談してみようかと思っています音譜



春の新生活シーズンにつき、
お部屋探しに奮闘している方は、

ぜひ一度、
ハウジング恒産に足を運んでみてはいかがでしょうか???




いや。。。
これも実は好きではない。。。


たとえば、

「映画化される小説=優れた小説」っていう価値観を持っている人が多いみたいで、

もちろん強ちその価値観が間違っているわけではないのだけれど、



私が昔ある人に言われた言葉があって、

それは、


「小説としてのみ存在しうる小説こそが、最高の小説」


っていうもの。


つまり、

芸術っていうのは表現なわけで、

小説というものは、
小説の形態をとって初めて完璧に、あるいはそれに近い状態に表現しうるから、
小説として表現すべきなのであって、


もしそれが、別に映画でも良いし、アニメでも良いし、ドラマでも良いし・・・

ってなってしまったら、
それはそもそも表現としては失敗だったんじゃないの?


というような価値観。




価値観はそれぞれだけれど、

私の中では、その後者の価値観が勝っている感じ。


だって、
そうでなければ、

小説家は小説を書く意味がなくなってしまう気がするから。



もちろん、
なかには書いている時点で映画化を狙っている人もいるみたいだし、

それはひとつの戦略ではあると思う。


そうやって、
間接的に小説がクローズアップされるのもアリだとは思うんだけれどね。



同時に、やはり、
「小説的小説」はいつまでも存在し続けてほしいし、
それこそが本当は「小説」なのだ、という価値観が、
人々の中に忘れられずに残っていてほしいとも思ってしまう。