数年ブログを更新していなかった。


その間に色んなことがあった。


精神疾患の叔父に、きちんとした医療を受けさせてもらえずおばあちゃんが亡くなった。

会いたくても、コロナ禍を理由に叔父に何年も会わせてもらえないまま。

お母さんが見てられないほど落ち込んで。


そんな時に精神疾患で引きこもりの弟に殺すぞと言われた。

両親は助けてくれなかった。

私は弟を傷つけたのだと思う。

私も弟にとても傷つけられたし、色んなものを失ったけど、何とか正常を保っていた私がいつも我慢をしないといけないのだ。


何回辛い思いをしたらいいんだろう。

だったらもう、私もおかしくなったらいいのか?


どこか高いところから落っこちたら、もう楽になれるのかな。


でも、そんな時におばあちゃんの「元気でいなさいね」って言葉が頭に浮かんで、おかしくなったり、どっかから落っこちたら、もういないけどおばあちゃん悲しむだろうなと思うと後一歩のところで踏みとどまろうと思った。


私はとても大切にされていた。

大切にしてくれた人のことを、悲しませるようなことをしたらいけない。


ただ、この頃から仕事でも人がどんどん辞めて激務になっていき、体がおかしくなり始めていた。


そんな矢先のHEATHの訃報だった。

青天の霹靂だったし、とても辛かった。

メンバーもとても辛かったろうに、批判もされている姿を見るのも悲しかった。


Toshlくんは、TAIJIが亡くなった時もとても短いメッセージだったよ。

辛くて悲しい時は、そんなにたくさんの言葉が出ない時はあるよ。

YOSHIKIさんのメッセージを見て、車の中なのに涙が止まらなくなって、大声をあげて泣いてしまった。


体が起き上がれないくらいの悲しみだった。


身内の急逝や、急病が続いて、仕事も激務で私は気づかないうちに、どんどん追い込まれていたのだと思う。


その後年明けから高熱で倒れて3週間くらいほぼ寝たきりだったり、適応障害のような症状になって会社に行けなくなったり色んなことが起きて。

それでも私は今同じ会社で今もなんとか元気に働いてるし、幸せを感じることもある。


X JAPANに対して、ずっと何年も活動がなくても諦められなくて信じていた気持ちは、HEATH亡き後、追悼ライブさえ叶わない今の状況に正直諦めの方が大きくなってる。


私がカッコいいと思ってたX JAPANは、大切なメンバーのご遺族の、最期の望みすら叶えられない人たちなんだと思ってしまった。


ファンが思う以上に、HEATHに対しての想いは絶対にあると思う。

追悼ライブを叶えたくても、叶えられない事情は一ファンには計り知れないものなんだろう。


それでも、Toshlくん、私は本当にToshlくんの歌声が大好きで救われて応援したくて、RED SWANの問題の時も、X JAPANに何があっても、他のどのメンバーでもなくToshlくんに着いていきたいと心底思っていたよ。


でもごめんなさい、今のToshlくんは、私がどんな時も応援したいと思えるToshlくんじゃないと感じてしまう。


幸せそうでバラエティ番組に出るのもToshlくんがやりたいならやればいいと思う。


でも、私はToshlくんは一流のミュージシャンだと思ってる。

だからプロのライブを見せてほしい。

個人事務所でも、きちんとお金をかけてライブをしてる人はいるのだから。


HEATHのことを大切に思う気持ちは絶対にあって、それでも追悼ライブさえ叶わない事情があったとして、それを今になっても叶えられないX JAPANは全然カッコよくないよ。

私が好きになった人たちは、こんな情けない大人だったのかな。


それでもこんなブログを2025年の今も書いてる以上、まだX JAPANが好きだし諦められないんだろう。