[東京 22日 ロイター]

東日本大震災以降、悪化傾向が続いている貿易収支に本格好転の見通しが立っていない。
サプライチェーンの崩壊による輸出減少には歯止めがかかったものの、8月の貿易統計ではエネルギー輸入の急増という新たな懸念も表面化した。

このまま赤字傾向が定着すると、今年度全体で国内貯蓄を年間10兆円近く減少させるとの試算も浮上している。  

さらに貿易収支の赤字が続けば、国債市場を含めた国内信用市場の需給が悪化しかねない、との懸念もある。日本国債の需給悪化を懸念する声はまだ少数派だが、世界的なソブリンリスクの深刻化の中で長期金利が上昇するような事態になれば、10兆円規模の発行が予定されている復興債も含め、国債消化の先行きに影響が及ぶとの見方もある。   



<赤字傾向からの脱却に懸念> 

貿易収支については、大震災後のサプライチェーン寸断が予想以上に回復してきたため、8月には黒字転換するとの見方が多かったが、結果は期待を裏切る赤字となった。6、7月は若干の黒字を確保したものの、黒字額は前年比で9割以上の減少した。それでも年内は自動車の世界的な在庫回復の動きを受けて輸出増加が見込まれており、9月以降は黒字化するとの見方も多い。 

ただ、「欧米景気の減速長期化や原発問題などで輸出と輸入のバランス悪化は戻りにくいため、赤字傾向になりやすい」(第一生命経済研究所・主席エコノミスト・熊野英生氏)と予想する声もある。1)復興需要が拡大し輸入品増加につながる可能性、2)原発再稼働問題の混乱が続けばエネルギー輸入がさらに増加する、などの理由から、貿易赤字が一段と拡大する可能性があるためだ。  



<黒字減少で国内貯蓄は減少に転じる見通し> 

貿易収支の累計はすでに4─8月で2兆円弱の赤字となっている。前年の同期間は2.5兆円の黒字で、すでに合計で4.5兆円ほど収支が悪化していることになる。経常収支も、海外での企業の稼ぎを表す所得収支は拡大しているものの、貿易収支の悪化で黒字幅は7月まで5カ月連続で縮小している。

クレディスイス証券チーフエコノミストの白川浩道氏は「東日本大震災の後遺症が趨勢的な海外生産増、鉱物性燃料増をもたらすとすれば、貿易収支の小幅赤字傾向が長期化する可能性が高い」として、11 年度全体でみれば、昨年度対比でみた貿易収支の悪化幅は9─10 兆円にも達する可能性があるとみている。 

こうした貿易収支の悪化は国内貯蓄超過幅の縮小を意味すると指摘。国債市場を含めた国内信用市場の需給が10 兆円の規模で悪化しつつあることを示唆すると同氏はみている。 

熊野氏も、企業や家計など日本全体の総貯蓄が、貿易黒字の減少により低下傾向にあると指摘。リーマンショック後にマイナスとなっていた総貯蓄がいったん2010年度に回復傾向となったものの、11年度は再び悪化すると見ている。このため「予想以上に国債消化余力が乏しくなってきた可能性がある」(熊野氏)とみている。   




<復興国債消化に思わぬ障害も> 

こうした国内貯蓄の減少が、10兆円規模にのぼる復興国債の消化に影響を与えるのではないかと見方も浮上している。欧州不安を反映したリスク回避的な動きで資金は円資産への流入が続く可能性があるが、これまで日本の国債相場が維持されてきた最大の要因は国内貯蓄の大きさによるところが大きかった。  

今のところ、高水準の国内貯蓄額は減少しないとの見方もある。モルガンスタンレーMUFG証券・債券戦略部長の佐藤健裕氏は「高齢化社会にも関わらず、家計貯蓄率は足元では上昇しているほか、金融市場でもリスク許容度が低下しており、しばらく総貯蓄は落ちないだろう。復興債も具体的計画が出てくるまでにはプールされて国債投資に回る」として、復興債の消化には何ら問題はないとの見方もある。  

ただし、国債消化に楽観的な同氏でも、今後の最大の問題は原発の再稼働問題だと指摘。白川氏の指摘と同様に、政府は点検中の原発の再稼働を目指しているものの、それがままならなければ、エネルギー輸入が膨らみ貿易赤字傾向が続けば、総貯蓄の減少が国債市場に影響することも視野に入るという。  

復興債を含め国債市場の需給にはまだ市場でそれほど懸念が高まっていない。ただ、欧州でのソブリンリスク問題の深刻化や日本国債格付けの悪化など国債市場の懸念要因が高まる中で、貿易赤字の行方にも市場の関心が広がりそうだ。

(ロイターニュース 中川泉 編集:北松克朗)