今回は、居飛車が急戦か持久戦かの態度をギリギリまで保留する指し方をしてきた時に、美濃志向の四間飛車側がどういった駒組をしていくべきかについて、検討をしていきたいと思います。

美濃囲いの上の歩というのは、実はどれも突きづらい事情があります。5筋を突けば△54銀が消え、6筋を突けば△64角が消え、7筋を突けば美濃のコビンが開き、8筋を突けば87の空間が空いたり、△84歩を▲66角等で狙われます。

もちろん、突く事でメリットになるケースも多くあり、とても大雑把な言い方をすれば、急戦では5筋を突きたい時が多いですが、持久戦では6~8筋を突きたい時が多いです。ただし、全ての場合でそうだというわけではありません。急戦でも△64歩を突く事で角のラインに強くなるメリットが生まれたり、△63角のような妙手(この前の棋聖戦の佐藤-屋敷戦)が出る事もあれば、持久戦で△54歩を突く事で△55歩からの仕掛けを狙えるケースもあります。

 

ましてや、居飛車が急戦か持久戦かギリギリまで保留されると、振り飛車は指す手に迷っていきます。また、急戦だとしてもどのタイプの仕掛けかによって、突きたい歩が変わってくる事もあります。

 

振り飛車を指す上で、本当に難しいところです。よく初心者に言うような「飛車を振って、角で居飛車の飛車先を受けて、美濃囲いに組めば、振り飛車は指せる!」なんていうおまじないは、全く無責任な話だと、個人的には思います。

平べったい美濃を作れるのが振り飛車の自慢ですが、居飛車がなかなか態度を表さない場合、振り飛車の「待ち方」は結構繊細です。下手な手を指すと、本当にささいな歩突きが間接的な敗因になるケースもあり得ます。

一方、居飛車は、振り飛車が形を決めるのを見てから、作戦の選択ができます。この選択権が、「主導権」と呼ばれるもので、対抗形における居飛車の特権になります。

では、具体的に、振り飛車はどういった感じで陣形を作っていくべきなのか?という、ある種、壮大なテーマについて、今回考えてみます。例によって、初形からやっていきたいと思います。

 

もちろん、自分としての嗜好を反映させていきますので、一般論ではありません。というか、振り飛車は自由度が高い陣形が売りな部分もあるので、そもそも一般論なんてありません。

 

ある意味、評価値が低い戦法だからこそ、どこに飛車を振ってもいいし、どんな囲いを選んでもいいし、角交換型にしてもいい。振り飛車は、そういう意味でめちゃくちゃ面白い戦法だと思っています。

さて、初形から▲26歩△34歩▲25歩△33角▲76歩△44歩▲68銀△42飛▲68玉△94歩まで進めて、下図です。

 

ここで、居飛車が端を受ける手も受けない手もありますが、最近では穴熊でも端を受けるケースが増えていますので、受ける形で進めてみましょう。

 

▲96歩△72銀▲78玉△62玉▲58金右△52金左▲56歩で下図です。

 

 

居飛車に急戦の動きがまだないため、振り飛車はまだ左銀に手をかけていません。自分の場合は、ミレニアム対策に「一手損三間飛車」で△64銀型を目指す構想を用意している(過去の記事をご参照ください)事もあり、ミレニアムもまだあり得るこの段階では、左銀を動かしたくない気持ちもあります。

 

そのため、ここら辺から既に指す手が難しいのですが、△71玉を優先して進めていきます。この71の位置は結構居心地が良くて、急戦に対しても持久戦に対しても十分戦う事ができます。

 

△71玉以下、▲57銀△32銀▲77角△43銀▲36歩と進めて下図です。

 

 

さすがに、左銀を動かさざるを得ないところでした。▲77角の前の時点ではミレニアムもあるところですが、△12香とかでは元気が出ないですし、いつでも△54銀と出れるようにしておくのも重要です。

 

また、仮に居飛車が▲77角に代えて▲66角でミレニアムを目指してきた場合でも、悪い事ばかりではありません。

 

△54銀型から△64銀型を目指すのは、△53銀~△64銀のルートより一手損にはなりますが、△54銀型の時に△65歩を突きやすく、6筋の位を取りやすい面もあるでしょう。

 

ただしかし、この▲36歩の局面での振り飛車の指し手も難しいところです。

 

依然として急戦もあるところなので、△64歩を少し突きづらいというのが、個人的な実戦心理です。

 

研究が深くなれば大丈夫だと思えるかもしれませんが、△64角が瞬間的に消えるのは、やはり嫌な感じなのです。

 

また、▲55角と覗かれた時に何かしら対応しないといけないのも面倒です。▲66歩と6筋を受けられた時に、居飛車側の仕掛けの接点になってしまうケースもあり得ます。

 

△54銀もまだ少し指しづらいでしょうか。成否はともかく、▲35歩△同歩▲46銀の早仕掛けが部分的に生じます。

 

△32飛では、▲46歩と突いて▲45歩からの仕掛けを狙ってくるかもしれません。そこで△42飛と戻るのも少し癪です。

 

そこで、△82玉を選んでみましょう。これで急戦に対しては本当に怖くなくなりました。

 

居飛車としても、そろそろ態度を決めないといけない局面になりつつあります。

 

振り飛車が△82玉と入城したので、急戦を仕掛けに行くのは居飛車が少し分が悪いです。

 

よって、▲88玉から持久戦を目指すのが自然な手でしょうか。振り飛車的に心配なのは、ここで△54銀と出て無事で済むかどうかです。

 

 

この手がそろそろ成立しないと、本当に息苦しくなってきます。

 

では、△54銀に対して▲35歩△同歩▲46銀と仕掛けてみましょうか。振り飛車は△36歩と伸ばすところです。これに対して、▲35銀、▲26飛、▲38飛の変化を調べてみます。

 

 

(1)▲35銀

 

△37歩成▲同桂△36歩で桂馬を取りに行くのが好手のようです。▲78玉型の時は、▲24歩△37歩成▲26飛でいまいちでしたが、現局面は▲88玉型ですので、事情が変わっています。

 

▲26飛以下、△85桂が激痛打。▲66角には△65銀▲55角△48と(▲37角で取られる前に形を崩しに行く)▲同金△54歩で角を追います。居飛車の角が居角のラインから外れれば、△45歩が王手で入ります。

 

 

▲26飛型が△44角のラインに入っているのも居飛車から見れば辛いところです。例えば、△54歩以下、▲28角△45歩▲55歩△同角▲同角△同歩▲86歩と進んだ時、△46歩の対処が難しいです。

 

 

▲同銀では銀が質に入り、△76銀から△46飛▲同飛△87銀打を狙えます。

 

▲同歩では、△34歩▲同銀△56歩で、△44角の王手飛車が生じます。これを▲25飛と銀取りで返しても、△44角▲98玉(▲78玉なら△91角成)△77桂不成で、振り飛車の攻めが止まりません。

 

ちなみに、最初の段階の▲26飛に代えて▲25飛には△45歩と突いて、角交換後に△14角を狙います。また、居飛車から▲33角成と角交換すると、△同桂が▲25飛に当たってきます。

 

▲26飛に代えて▲29飛なら、△85桂▲66角△47と▲同金△45歩とし、角交換後に△38角を狙える形です。

 

▲35銀の変化は、振り飛車よしです。

 

 

(2)▲26飛

 

△37歩成以下の桂取りを受けつつ、後の△64角を緩和した手です。

 

この手には、今まで通り△45歩と反撃します。▲33角成△同桂▲35銀には、△46歩がやはり悩ましく、▲同歩には△同飛▲同銀と飛車を捨てた後、△44角の王手飛車があります。

 

 

この場合は▲55歩が部分的にぴったりの受けですが、△26角▲54歩△49飛の両取りがあるので、振り飛車が駒損しません。振り飛車十分です。

 

また、▲33角成に代えて、▲35銀△77角成▲同桂として、振り飛車から角交換させる事で王手飛車を回避する手段もありますが、△64歩を我慢していた事が実り、△64角が有効打として残っています。

 

 

以下、▲24歩△37歩成▲23歩成(▲同桂は△同角成が飛車に当たるためダメ)△25歩▲同飛△46歩▲同歩△36と▲34銀△46飛が一例で、振り飛車十分です。

 

 

 

(3)▲38飛

 

▲26飛で△37歩成以下の桂取りを受けるのは、王手飛車のラインに入ってダメだったので、3筋に回って受けつつ、▲36飛を狙った手になります。

 

この手にも、振り飛車は△45歩で反撃します。居飛車の飛車が2筋から離れたので、▲35銀はもはやほぼ無筋。△77角成▲同桂△64角で振り飛車よしです。

 

よって、△45歩には▲33角成△同桂▲57銀くらいですが、△27角が▲36飛を受けつつ飛車取りをかけたぴったりの角打ち。▲28飛には、△37歩成▲同桂△36角成です。そこで▲34歩なら△37馬で十分です。

 

 

 

という事で、▲35歩△同歩▲同銀からの居飛車の仕掛けは心配ありません。

 

ちなみに、▲35歩△同歩▲38飛の仕掛けもあり得ますが、△43銀▲35飛△32飛のように対応し、次に△22角のぶつけを狙う感じで十分です。

 

 

そもそも、▲88玉と寄ったにもかかわらず、離れ駒がある段階で仕掛けるのは本筋ではないのでしょう。

 

よって、▲88玉のタイミングでの△54銀は成立します。

 

この事実は振り飛車にとって、大きな意味を持つ気がします。

 

居飛車としては、次の△65銀を防ぐために、▲66歩が自然な手です。そうして居飛車の角道が止まれば、居飛車の「主導権」が一旦解除されるからです。

 

本譜の場合、この▲88玉△54銀▲66歩の交換こそが、急戦と持久戦の分かれ目と言えるかもしれません。

 

居飛車の角道が止まったので、逆に振り飛車から△45歩と突けそうです。例えば、△45歩に▲24歩△同歩▲65歩で次に▲33角成△同桂▲24飛を狙うのは、△22飛で無効です。

 

 

どこの歩も突いていない美濃囲いで、▲88玉のタイミングで△54銀と出れるだけで、いったい何が嬉しいんだ?と思われるかもしれませんが、▲66歩と△45歩の交換まで入ると、局面の様相が明らかに変わっています。

 

もし、「角道が開いている方に主導権がある」という命題を真とするならば、この△45歩の瞬間、「主導権」が居飛車から振り飛車に入れ替わるまで言えるのです。

 

この局面が、対抗形の将棋の構造的に本質的な「分かれ目」かもしれません。

 

もちろん実戦的には、この「分かれ目」以降、居飛車の持久戦に対して、この普通の美濃囲いの陣形で振り飛車がどれだけやれるのか?という課題は残ります。

 

しかし、ここで強調したいのは、△64角と△54銀を残しつつ無理のない範囲で振り飛車が駒組を進めた時、この「分かれ目」に至るまでに、居飛車に有効な仕掛けのチャンスがなかったという点です。

 

例えば、▲88玉に代えて▲46歩なら、(詳細は省きますが)△54銀と出れば問題ありません。▲46銀なら、普通に棒銀として受けてもいいですし、いきなり△45歩と突く手もあるようです。

 

つまり、居飛車急戦が苦手だけど持久戦なら得意という方は、無理せずどこの歩も突かないで美濃に組んで、▲88玉のタイミングで△54銀と出れば、自分の戦いたい分野でそこそこ戦えるのです。

 

そして、この事実を振り飛車贔屓に解釈すると、「主導権」が最初から振り飛車側にあるという見方も可能かもしれません。

 

「分かれ目」に至るまでの間、振り飛車はシンプルな美濃に組んだだけで居飛車にとって有利な形(△64歩型など)での急戦を封じ、その結果、居飛車を持久戦に「誘導」しているのですから。

 

今後、個別の戦型を扱っていく中で、その戦型に特化した陣形を想定することもあるわけですが、美濃を基本としながら、できるだけ自然な形で駒組するのが、実戦的に大事なのかなと感じているところです。