うちの犬なんですけど、なんですかこの天使は。
地上に舞い降りた天使とはまさにこのことなのではなかろうか。
今日はやたらとわたしについて回ってきて寂しそうにしていたから、なんだか突き放すことができなくて構ってあげていたら約束に遅刻しそうっていうか遅刻確実です。
しかしそれも仕方のないことだ。
こんな天使に構ってくれと言われたら、ええい、構わないことがあろうか、いや、ない。
むしろこれを突き放して友人との約束を果たすために家を出た私はいっそ償いきれない罪を一身に背負ったかのような、そんなことさえ感じさせるこの魔性。無意識にやってのけるのだから怖いこと。
しかしそれ以上に、いや、そんなことなどはまるで問題にならぬ程の愛らしさ。
これが犬というものなのだ。
彼の川端康成も愛犬家で、うろ覚えではあるけれど、犬は犬よりも人間を愛している、だとか、犬は人間に愛されるために生まれてきたのであるとか、そういったことを言っていた。
まるでそうだ。特に後者は、また人間は犬を愛するために生まれてきたのだということ。
もちろん極論である。
世の中には猫派がいるし、猫派の中に犬嫌いもいる。また動物が苦手という者もいる。
ここまで犬が犬がと言いつづけてきた。
無論わたしが犬派であるからに違いないが、ペットを人間のように、また人間以上に愛するということを知った人間は、それ以上に幸福なことなど、一切ないのだと言い切れる程に、ペットは人間に幸福をもたらしてくれる。
なぜこんな長々と文章を書いてるかというと電車内がとても暇だからだ
まだしばらくお付き合い頂きたい。
犬はこんなにも長く人間と共に共同生活を送ってきたのに、まだその起源はわかっていない。狼が起源であるという説が有力ではあるが確証はない。ジャッカルという説もまた有力だ。
そんなことはさておき、狼だ。
狼は実に犬に良く似ている。
セグロジャッカルというのがいて、これも可愛いし一見犬に見えるのだけれど、セグロジャッカルはどちらかというと狐に似ていると最近気づきました。
狼、狼、狼。
ハスキーはもちろん、シェパードやマリノアにも似た、狼。
何が言いたいか、わたしは狼が犬と同じレベルで好きだ。犬と狼の違いなんてものはわたしに取ってはないも同じなのだ。
犬も狼も、何に違いがあろうか。あんなに愛おしい動物はこの世にまたといない。
わたしがこの世で最も許せない行為は動物虐待であり犬の虐待だ。この話をすると電車内で泣きだしてしまうのでやめるが、虐待を受けた動物の生き死にの如何に関わらず、本当に死刑になればいいと思っている。
思い出してほしい、これは極論であり、究極の感情論だ。
さてそんなことを冷静な顔で、内心感情的になりながら書いていたら渋谷に着きます。ここまで読まれた方がいらしたら、お目汚しをしてしまい申し訳ありません。
それでは扉ももうあきますので、これにて。



