2月下旬    出先の病院で検査入院
                多系統萎縮症(MSA-P)と診断される

4月中旬    出先から戻る
5月初旬    専門医のいる病院受診、主治医決定
     中旬    近所のかかりつけ医の中堅病院決定
                 (リハビリテーション開始)


私が多系統萎縮症と診断されて自宅へ戻り医療体制が整う迄のこと
その当時、精神状態はあまり良くなかった
退院後も4月には自宅へ戻るからと放置され、こちらにいる間だけでもリハビリがしたいからとお願いして紹介状を書いてもらうが週1でしかも生温いリハビリだった
気持ちが先行して、常にこれで本当にいいのか?と葛藤していた。
難病の病名診断はされたが、何もそれを証明するものは無く、じわりじわり症状が進行していく宙ぶらりんの自分への不安と恐怖
自宅に戻ってからは、この病気と向き合おうとしない、寄り添い、共に立ち向かう姿勢のない何一つ変わらない日和見主義の夫への不満
相続手続きの問題、断捨離等
溜め込みすぎて心が悲鳴をあげていた


予約の都合で自宅に戻ってからも半月ノーリアクションで、我ながらイライラと日々を過ごし、鬱になりかけていた



そこで、ふと思い出した諸先輩方のブログの

チューリップ赤指定難病特定疾患医療費の申請
チューリップ紫身体障害者手帳の申請
チューリップピンク介護保険認定の申請


手始めに指定難病特定疾患医療費の申請をしなくてはと思い込んだ

臨床調査個人票は出先病院で取得済み
必要書類もすぐに集まり
申請書類も、不自由ながらも、まだ読める字が書ける内にとバッチリ整えていた
すぐに保健所へ提出しに行った、5月の審査にかけ8月には結果が出ると言われた


無職、無収入の我が家は僅かばかりの蓄えと夫の相続財産で生計を立てている
なので助成が受けられるなら有難いと思った

それに早く私と多系統萎縮症を結びつける何かが欲しかったのだ(なぜそんなこと思ったんだろう?)



初診の時専門医に言われた
「よっぴさんの状態にあった治療が提供できるように何が最善かを一緒に考えていきましょう
そして何より進行を少しでも食い止める手助けをさせてください」
柔和な表情に穏やかな口調で仰った

心が軽くなった、やっと落ち着くところが出来た
本腰を入れこの病気に立ち向かえるんだと



その時、指定難病の申請手続きについて尋ねたら、重症度分類で難しいかもしれない、軽症高額該当でならばいけると




やってもうた!!
滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗ハッ