日々、新聞コラムの書き写しをしていて、中学生の頃の友人を思い出すことが幾度もある。その友人は文字を書く時は丁寧にゆっくりと文字を綴っていた。
教室の黒板も消されてしまうので、いつも人のノートを書き写していたし、家に遊びに行って一緒に宿題をする時も一字一句、丁寧に几帳面な字を書いていたので、イライラしていたことを思い起こすことが何度もあった。
でも、振り返ってみると丁寧に書いていた彼を尊敬する。自分の字は後で自分が見てもわからない文字綴りで、この歳になって恥ずかしく思えるので新聞の書き写しは万年筆で丁寧に書くようにしている。
来週、中学校の講演を控えていて、講演原稿を推敲していて「人の死ついて」加筆をしようと思っていいた時に、今日の天声人語に「愁い」の語句を書いている時に、また中学校の時の彼を思い出した。
当時、中学、高校時代によく彼の家に遊びに行っていた。彼はU君と言ってギターも上手く、歌も上手く、運動神経も良く高校時代は陸上部で活躍していた。
そして、そのU君のおばさんは食堂を経営していて、いつもチャンポンをご馳走になっていた。そのチャンポンは出汁が椎茸とカツオで、ラードを使って具材を調理していると、U君から聞いたことがあって大人になって自分で何度も作ってみるがあの旨い味にはならない。そして、今でもあの旨いチャンポンが思い出される。
U君は高校卒業後、大手の会社に就職したが関東に転勤になり、3年後に会社を辞めて地元に戻ってきた。
その後、自分は既に結婚して地元を離れていて、帰省した時にU君が恋愛関係での悩みを苦にして、自殺したことを聞いた。
『亡くなったら終わり、死んだ相手とは言葉を交わすことも、ふれあうことも、永久にできない。』そのことを中学の講演で訴えたいと思っています。
「愁い」という言葉は秋の心と書いて愁い。
この秋の季節、『心の中にある悲しい思い』のひとつです。
