【 亜繰舞子の詩ものがたり 】
41 話 【 親とは? 】(独り言)今も、両親が元気で生きていれば、温泉に連れって行ってあげたいナ・・今も、父が壮健なら、父の自慢の、尺八の音色を聞きたいナ・・今も、母の、あの笑顔が有れば、もう一度、小さな旅へ行きたいナ・・ 今なら・今なら、そう~想い、何度、大阪の夜空を見上げた事だろう。今も、娘としての叶わぬ夢を見ては、思い出す言葉が有る。〔親孝行したい時には、親はなし〕いにしえの先人達が、有りがたい言葉を後世に伝えている。まったく、その通りで、なぜ、親孝行の一つも出来なかったのだろう。そんな私に「後悔先に立たず」いにしえの人達が、辛い言葉を付け加える。親を誰よりも尊敬し感謝していながらも、何一つ事を起こさなかった後悔だ。己が生きる為に全力で走っていたからではないだろうか?と、深く反省。 己の事ばかりで、いっぱい・いっぱいだったのだろうか?と、深く反省。確か、その昔、私が大阪に出向く前夜に、父は送る言葉をくれた。「いつまでも有ると思うな、親と金」父の厳しい送る言葉に、親との縁が切れたかと、電車の中で涙した。今は、本当にありがたい、親でなくては云えない言葉だと悟っている。そういえば、母も励ましの言葉を、数百回、手紙の最後の欄に書き記して、寄こしていた。「上見れば、あれ欲し これ欲し 欲しだらけ、下見て暮らせ星のかげなし」自分よりお金持ちの人を見ると欲しい物ばかり、自分より貧しい人からは 欲しいものは何一つない、まるで天と地だと、母は私を戒め続けたのだ。親とは有り難いもので、死しても、今だ、我が子をジ―と見ている気がする。今も胸の奥に入り込み、耳元で優しく、その時々に叱咤激励の言葉を囁く。全世界の全ての親は、我が子ほど愛しく、切ない動物は居ないのだろう。親に成って、ようやく、少しながら判ってきた。我が子の大切さ、我が子の愛しさ、胸の中は我が子の事で、いっぱいだ。 終わり ( オフィス舞 亜繰舞子 )