~アンドレ・アゴシ栄光の軌跡~
ATPテニス界で1番強いのは誰??と聞かれるときまってほとんどの人は口をそろえる『アンドレ・アゴシ』と。
そう、アゴシは名実ともにATPテニス界においてトップにたつ男なのである。今や最強王者の称号を手にいれたアゴシ…一見彼はずっと輝かしい道を歩んで来たように見える。だが実際トップに君臨するまでのこの4年間は彼にとって栄光と挫折が交錯する長い道のりであったのである。
4年前…彼はATPテニス界に足を踏み入れた。参戦当時、彼はとくになにができるというわけでなく野球をやっていたためやや肩が強かっただけである。持久走も当時から頭角をあらわしていたヒューイットやケンプラスには周回遅れになる始末…。ハンカチ片手に必死に走る姿は『いやらし系』といって小ばかにされたこともあった。しかし彼は逃げなかった。出された課題をただひたむきに文句ひとつ言わず黙々とこなしていった…。そして彼は新人戦強化メンバーに残ることになる。身体能力だけなら1番下のランクに属するだろう、だが粘り強さならテニス部1である。顔もなんとなく粘っこい。
実際にアゴシがテニスプレイヤーとして頭角をあらわしはじめたのはその1年後の夏の新人戦…地区予選でサフィンをはじめヒューイット、ナベルと次々と消えゆく中で当時無名のアゴシは残った。
そして都大会をかけて今は亡き椎木と激突した。前評判では圧倒的アゴシ有利だったが椎木には入り出したらとまらなくなる一撃必殺の強打がある。しかしその強打は予想通り入らずアゴシは勝利をおさめた。
それによりアゴシは都大会出場を決めNew Waveが新時代を予感させた。
しかし第三支部、新進戦と成城のヨシーダに連敗…ランキングも2桁になりアゴシ限界接…いつのまにかそんな声もささやかれるようになった。『ただでかいだけ』と言われるようになりアゴシの脳裏には引退の二文字がよぎっていたという。「『ただでかいだけ』って言われるのはすごいつらかった。自分より小さくて少しテクニックのあるやつになめられるのが1番嫌だった。テニスをやっててこんなつらいなら辞めたほうがマシだったよ。」と当時のことをアゴシは振り返った。
だがそんなアゴシを甦らせたのはその当時アゴシのコーチを務めていた“ルイージ浦田"の言葉だった。
「ただでかいだけ?いいじゃないか。オレはおまえさんのテクニックを磨くことはできるけど、おまえさんをでかくすることはできない。おまえさんにテニスを教えることはできるけど、おまえさんを左利きにすることはできない。でかいことや左利きは立派な才能だよ。おまえはまだその才能を活かしきれてない。まだまだ上にいけるはずだ、がんばれよ。」
その言葉がアゴシが失いかけてた大切ななにかを再び奮い立たせた。
それからアゴシは嫌いだった下半身のトレーニングを一からやり直した。
そして迎えた春の大会…アゴシは第9シードで出場し5回戦でヒューイットと激突した。ヒューイットは4回戦で第8シードのイマニシを倒し波に乗っていて、試合は互いに一歩も引かないシーソーゲームに突入したが…スタミナではヒューイットのほうが断然有利であった。いくら下半身を鍛えたからといって3ヶ月余りでどうにかなる問題ではない、アゴシのスタミナ切れにより辛勝したヒューイット…アゴシ完全復活の前に帝王が立ちはだかったのであった…「終わった…」アゴシは敗戦後の記者会見でこう語っていた「悔いが残ってないといったら嘘になります。だが悔しいといってどうにかなる問題でもないですし…。でもオレからテニスをとったらもうアゴしか残らないんです。オレはもう前に進むしかないんです。」
-どんな一流の選手だって挫折を味わったことのない選手なんていない。ただその挫折で投げ出してしまうのが一般Peopleである。早くその挫折に打ち勝ち再びはい上がることができるのが一流選手である…この時アゴシは一流選手の仲間入りしたのであった…。
個人戦は団体戦への布石ーアゴシの先には団体戦しか見えてないのであった。
そして最後の団体戦ーアゴシはロディックリとの大砲コンビでD2を不動の地位としていた。 しかしその団体戦は格下にあっさり4回戦負け…真の実力を発揮すれば勝てない相手ではなかっただろう、そのためなおさら悔いが残る結果となった…だが皆の闘志が燃え尽きている中アゴシひとりだけ逆に闘志をめらめら燃え上がらせていたのであった。
このアゴシのメンタルコントロールは後に強い武器となるのである。
布施カップー王者ノムライアン不在ではあったがその他の選手は全員出場のオールスター戦でありこの大会の王者が真の王者といっても過言ではない。しかしこの大会はアゴシの独壇場になっていくのであるー準決勝ヒューイット、決勝サフィン、とアゴシは凄まじい勢いで頂点に駆け上がった。
これがアゴシ政権の序章であったのであろう。
このように栄光→挫折→返り咲きと波瀾万丈の人生を歩んで来たアゴシ…さてここで疑問に思うのがあんな弱かったアゴシが何故ここまで絶対的に強くなったのか?
それは主に3つあると考えられる。
1つ目はサウスポーであること。ただでさえ速いサーブは厄介なのにそれが左だったら実に困る。外に逃げてく切れ味抜群のスライスサーブ、ボディに食い込むスピンサーブ、センターに飛び込んでくる超高速のネオスカッドサーブ。調子のいいときだとサーブを返すのがやっとで2球目で確実に決められてしまう、まさに攻略不能なのである…。
2つ目は強靭なメンタル。これがアゴシ最大の武器と言えよう。テニスほどメンタルに左右されるスポーツはないだろう、コートに立ったら信じれるのは己の力のみ。まずアゴシはポーカーフェイスでありどんなに追い込まれても平然の顔している。また去年の私学団体戦の町野戦では負けはしたものの5つ以上のマッチポイントを凌ぐという驚異的な粘りをみせている。後日談では「マッチポイントを取られすぎてもう慣れた」とのんきなことを語っていた。
そして最後は莫大な練習量。いくら奇策・秘策を練ろうとも土壇場の追い詰められた状況で発揮されるのは反復練習が裏付けるショットの精度のみ。この4年間アゴシは誰よりも練習に明け暮れた。日々の努力…努力は自信へ…自信は成功へ。
アンドレ・アゴシ…アメリカが送り出したATPテニス界の現王者。今年はたくさんの猛者達がアゴシの首を狙ってくるだろう。
果たしてATPテニス界の生ける伝説にピリオドを打つものは現れるのだろうか?
復活につぐ復活を果たしたアゴシが今年も連勝街道をばく進するのか?
今年も波乱が起きそうである…。。
ATPテニス界で1番強いのは誰??と聞かれるときまってほとんどの人は口をそろえる『アンドレ・アゴシ』と。
そう、アゴシは名実ともにATPテニス界においてトップにたつ男なのである。今や最強王者の称号を手にいれたアゴシ…一見彼はずっと輝かしい道を歩んで来たように見える。だが実際トップに君臨するまでのこの4年間は彼にとって栄光と挫折が交錯する長い道のりであったのである。
4年前…彼はATPテニス界に足を踏み入れた。参戦当時、彼はとくになにができるというわけでなく野球をやっていたためやや肩が強かっただけである。持久走も当時から頭角をあらわしていたヒューイットやケンプラスには周回遅れになる始末…。ハンカチ片手に必死に走る姿は『いやらし系』といって小ばかにされたこともあった。しかし彼は逃げなかった。出された課題をただひたむきに文句ひとつ言わず黙々とこなしていった…。そして彼は新人戦強化メンバーに残ることになる。身体能力だけなら1番下のランクに属するだろう、だが粘り強さならテニス部1である。顔もなんとなく粘っこい。
実際にアゴシがテニスプレイヤーとして頭角をあらわしはじめたのはその1年後の夏の新人戦…地区予選でサフィンをはじめヒューイット、ナベルと次々と消えゆく中で当時無名のアゴシは残った。
そして都大会をかけて今は亡き椎木と激突した。前評判では圧倒的アゴシ有利だったが椎木には入り出したらとまらなくなる一撃必殺の強打がある。しかしその強打は予想通り入らずアゴシは勝利をおさめた。
それによりアゴシは都大会出場を決めNew Waveが新時代を予感させた。
しかし第三支部、新進戦と成城のヨシーダに連敗…ランキングも2桁になりアゴシ限界接…いつのまにかそんな声もささやかれるようになった。『ただでかいだけ』と言われるようになりアゴシの脳裏には引退の二文字がよぎっていたという。「『ただでかいだけ』って言われるのはすごいつらかった。自分より小さくて少しテクニックのあるやつになめられるのが1番嫌だった。テニスをやっててこんなつらいなら辞めたほうがマシだったよ。」と当時のことをアゴシは振り返った。
だがそんなアゴシを甦らせたのはその当時アゴシのコーチを務めていた“ルイージ浦田"の言葉だった。
「ただでかいだけ?いいじゃないか。オレはおまえさんのテクニックを磨くことはできるけど、おまえさんをでかくすることはできない。おまえさんにテニスを教えることはできるけど、おまえさんを左利きにすることはできない。でかいことや左利きは立派な才能だよ。おまえはまだその才能を活かしきれてない。まだまだ上にいけるはずだ、がんばれよ。」
その言葉がアゴシが失いかけてた大切ななにかを再び奮い立たせた。
それからアゴシは嫌いだった下半身のトレーニングを一からやり直した。
そして迎えた春の大会…アゴシは第9シードで出場し5回戦でヒューイットと激突した。ヒューイットは4回戦で第8シードのイマニシを倒し波に乗っていて、試合は互いに一歩も引かないシーソーゲームに突入したが…スタミナではヒューイットのほうが断然有利であった。いくら下半身を鍛えたからといって3ヶ月余りでどうにかなる問題ではない、アゴシのスタミナ切れにより辛勝したヒューイット…アゴシ完全復活の前に帝王が立ちはだかったのであった…「終わった…」アゴシは敗戦後の記者会見でこう語っていた「悔いが残ってないといったら嘘になります。だが悔しいといってどうにかなる問題でもないですし…。でもオレからテニスをとったらもうアゴしか残らないんです。オレはもう前に進むしかないんです。」
-どんな一流の選手だって挫折を味わったことのない選手なんていない。ただその挫折で投げ出してしまうのが一般Peopleである。早くその挫折に打ち勝ち再びはい上がることができるのが一流選手である…この時アゴシは一流選手の仲間入りしたのであった…。
個人戦は団体戦への布石ーアゴシの先には団体戦しか見えてないのであった。
そして最後の団体戦ーアゴシはロディックリとの大砲コンビでD2を不動の地位としていた。 しかしその団体戦は格下にあっさり4回戦負け…真の実力を発揮すれば勝てない相手ではなかっただろう、そのためなおさら悔いが残る結果となった…だが皆の闘志が燃え尽きている中アゴシひとりだけ逆に闘志をめらめら燃え上がらせていたのであった。
このアゴシのメンタルコントロールは後に強い武器となるのである。
布施カップー王者ノムライアン不在ではあったがその他の選手は全員出場のオールスター戦でありこの大会の王者が真の王者といっても過言ではない。しかしこの大会はアゴシの独壇場になっていくのであるー準決勝ヒューイット、決勝サフィン、とアゴシは凄まじい勢いで頂点に駆け上がった。
これがアゴシ政権の序章であったのであろう。
このように栄光→挫折→返り咲きと波瀾万丈の人生を歩んで来たアゴシ…さてここで疑問に思うのがあんな弱かったアゴシが何故ここまで絶対的に強くなったのか?
それは主に3つあると考えられる。
1つ目はサウスポーであること。ただでさえ速いサーブは厄介なのにそれが左だったら実に困る。外に逃げてく切れ味抜群のスライスサーブ、ボディに食い込むスピンサーブ、センターに飛び込んでくる超高速のネオスカッドサーブ。調子のいいときだとサーブを返すのがやっとで2球目で確実に決められてしまう、まさに攻略不能なのである…。
2つ目は強靭なメンタル。これがアゴシ最大の武器と言えよう。テニスほどメンタルに左右されるスポーツはないだろう、コートに立ったら信じれるのは己の力のみ。まずアゴシはポーカーフェイスでありどんなに追い込まれても平然の顔している。また去年の私学団体戦の町野戦では負けはしたものの5つ以上のマッチポイントを凌ぐという驚異的な粘りをみせている。後日談では「マッチポイントを取られすぎてもう慣れた」とのんきなことを語っていた。
そして最後は莫大な練習量。いくら奇策・秘策を練ろうとも土壇場の追い詰められた状況で発揮されるのは反復練習が裏付けるショットの精度のみ。この4年間アゴシは誰よりも練習に明け暮れた。日々の努力…努力は自信へ…自信は成功へ。
アンドレ・アゴシ…アメリカが送り出したATPテニス界の現王者。今年はたくさんの猛者達がアゴシの首を狙ってくるだろう。
果たしてATPテニス界の生ける伝説にピリオドを打つものは現れるのだろうか?
復活につぐ復活を果たしたアゴシが今年も連勝街道をばく進するのか?
今年も波乱が起きそうである…。。