Acousticな日々

Acousticな日々

Acousticな日々です。ElectricよりもDigitalよりもAcousticな日々・・・

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今日は死ぬのにもってこいの日だ。(Today is a very good day to Die.)

インディアンの死生観らしい。

毎日が死ぬにはもってこいの日だ。

そう思わずにいられない。

年寄りのわがまま、煩わしさに付き合わされ、ほとほと参ってる。

で、仕事に打ち込もうと思うが、仕事がない(笑)

本当に切れそうだ・・・

母といると気が狂いそうになる・・・

もうやってられない!
このブログももうすぐ閉じようと思う。
特に意味もなく、愚痴やネガティブ発言のはけ口でしかないから・・・


なぁんにも好転しない。

何か対策を講じているのか?といえば講じているし、いないだろうと言われればいない。
自暴自棄のまんまwww


母の内縁の夫さんが事故で運転免許を失効した。
車も処分した。

と言うことは・・・

運転できるのは自分だけだから、毎日のようにいろいろと連れて行かされる・・・

はっきり言って、とても煩わしく、嫌でしょうがない。
「○○まで送って・・・」と言われるが、送って終わりでは無く「連れて行け」だ。
それだけで数時間を消費させられる。
それも、当日にいきなり言われる!
「出かける必要があるのなら、前日に言ってくれ!」と繰り返し伝えているが、改善されない!
なんだと思っているんだまったく・・・
日当を請求しようかとまで思ってしまう。

もう早く、縁切りしたい!



最近は、文化会館などの『舞台関連』のお手伝いをすることが多くなっている。

これがまた、言われてみればなかなかに特殊な仕事であるらしい。

舞台での催事には、当然のことながら『音響・照明・進行・舞台監督』が必要。
そして、会館を管理している財団の職員などは、その手の教育・経験がないため、舞台管理については専門の業者に業務委託する場合がほとんど。
もっとも、催事の企画などは会館の持ち主である行政側が行うことが多い。

業務委託された業者は、催事が企画されるとそれらに合わせて催事運営のための準備をする。
時には、舞台設置図(仕込み図)、進行台本なども作成する。
そして、リハーサル、本番となると舞台監督までをも引き受け、催事が滞りなく成功するように取りはからう。

つまり、企画は別途行われて、実施についてをまるっと投げられることになるわけである。
もっとも、それに必要なお金は支払われるのでれっきとしたビジネスとして成り立つ。


さて、『舞台』というものであるが、これが特殊と言わざるを得ないだろう。
まずは、「危険」な場所である。
天井には、照明装置や暗幕などがつり下げられており、そでにはそれらを上げ下げするための綱元があり、綱元は関係者以外立ち入り(および操作)厳禁!

ステージには、大きな会館だとセリ(昇降する)があり、これが下がっている時に奈落(舞台の下)へ転落でもしようものなら怪我しただけではすまなくなる。

舞台管理のお仕事とは、つまるところ危機管理に他ならない。
市町村企画の催事などでは、ほとんどの場合出演者が住民(素人)であるので、危険度を知らない。
(普通は観客席側にいるわけだし)

なので、舞台の仕込み、バラシの時に関係者以外(素人)が舞台に上がっている場合には、作業を行いながら、関係者以外を監視しなくてはならない。

また、作業は限られた時間で行わなくてはならないから、必要な専門知識と手順を熟知していなくてはならない。(専門用語が飛び交う)
ちょっと人手が足りないからといって、何にも知らない人を雇うことが出来ない(笑)
それなのに人手は慢性的気に足りない。

昔取った杵柄で、自分のような人間が呼ばれる所以である。


時々、この手の催事を素人さん(はっきり言って、催事の運営なんか全くわかってない)が手を出すことがある。
音響機材を購入し、催事ブースを用意し、出演者を募る。
蓋を開けてみれば、音響操作の担当者もいない。進行表もない。出演順も決まっていない。
これでは、出演依頼を快諾した出演者側がたまったものでは無いだろう。

どうやら、上記のような催事があったと言うことを耳にして苦笑が止まらなかった。
(以前、催事の運営方法についてさんざんアドバイスしたことがあったのだが、それがお気に召さず疎遠にされたので知ったことではないが)

最近、日本海軍に関した本を読んでいる。

やはり、結局のところは「人」なんだなぁ・・・との感慨然り。

読み進めていくと、「なんだこの人は?」という人物も多いが、それ以外に、幾人もの「人道的な行為」が散見している。


最後までアメリカとの開戦を反対した井上成美海軍大将。

キスカ島撤退作戦を成功させ、敵味方にかかわらず人命を尊重した木村 昌福海軍中将。

ナチスからの迫害から逃れたユダヤ人難民を満州国に受け入れて救った樋口 季一郎陸軍中将。

などなど・・・(階級は終戦時)


いろいろな書物を紐解いてゆくと、悲惨さが伝わってくる。

それは、日露戦争以後の陸海軍が、どんどんと官僚化されていき、硬質化した思考の元に戦端が開かれていったこと。


今の日本の状況も、案外、硬質化した思考ではないだろうか・・・


いや、今の自分が語るべき事でもないだろう。
さっさと退場した方が身のためである。