この物語は、人生に絶望し世界も自分も消えてなくなれと願っていた数年前の私がスピリチュアルな世界を知ってからドラマのように必要なタイミングで必要な人と出会い自分の人生を通して、人生やいのちのしくみに気付き、人と幸せとは何かを追求していくノンフィクションストーリーです
この内容は自叙伝として、物語形式になっております。本2冊分ぐらいの内容ですが、ご興味のある方は前書きからお読みいただいたほうが内容が伝わり易いと思いますのでよろしくお願い致します
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文章中の太字は現在の私(2013年~2014年)の解釈です
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2014年3月11日 修正して再アップ
私が歩んできた「いのちのキセキ」はアセンションでひと段落したので、
続きを書くつもりは全くなかった。
だけど起きている出来事を見ていると続きが必要なようなので、
とりあえず続章として書き始めてみることにした。
2012年12月21日まではエネルギーの変動がとても激しかった。
特に2012年に入ってからはどんどん強烈になって行き、
時にはエネルギーが強すぎて全く思考が働かず、無理して思考を働かせても
色々と不調がでるだけなので、頭真っ白けのアホのような状態で
感覚の赴くまま生活するようにだんだんと移行していくことで、
多くの不調は回避できるようになった。
感覚で生きているといっても、テレパシーのようなものは
まだ使えない世界なので言語を用いるために多少、頭を使わないといけないけど、
それは今までのように思考を巡らせている物とは違って、
身体が受け取った情報を頭で整理して伝える。
そんな感じで言語を用いるようになっていった。
要は頭からハートで話す状態へ移行したようだが、
まだ多くの人はこの状態ではないので、思考型の人とは話が咬み合わずに困ることも多い。
思考で話す言葉とハートで話す言葉は同じ日本語でも全く違うもので、
何かを話していても、まるでその間だけ意識が飛ぶように聞きとれなかったり、
意味が分からないことも多い。そのためか私のブログを読もうとしても
全く頭に入って来なくて読めないという話をよく聞くが、無理に頭で理解しようとせずに、
感覚で感じると何かが違うかもしれない。
私的には、言葉が通じなくても、すべては繫がっているというワンネスの感覚があるので
淋しくはないが、まだまだ人間として普通に生きていた
前時代のエネルギーの記憶があるので、時にどうしようもないほど淋しくなることもある。
私はたまたま内的世界の探求が趣味だったからこの状態へ、
みんなより早く辿り着いただけで、早いから偉い訳ではないし、い
ずれみんながこの状態へ移行して行くことは分かっている。
それを急かすのはきっと私のエゴなのかもしれないけど…、
だけど人間だから、時には淋しくなる。
だからこうして私の体験をつづって伝えることで一人でも話が通じる人が
増えればいいなという私の裏の策略もある。
ある時、私の中のもう一人の私であるインナーボクちゃんに、
いずれみんなが目覚めるなら、別に私の体験を伝えなくてもいいんじゃないかと聞いたら、
今までの世界とこれからの世界のギャップが大きすぎて混乱が生じるので、
新しい世界が来た時に、そこでの生き方のコツを教える人が必要らしく、
私は好き好んでそのために、少しばかり先走って色々と体験して来たらしい。
我ながら、本当に物好きだと思うし、そのため私のドラマはまだ続くらしい。
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