ボーはおそれている 感想戦(バレ無)『語らないという品』
こんにちは。吾ノ輪憩明です。先日、現在公開中の映画『ボーはおそれている』を劇場で観てきました。ーー威圧的な母親に育てられたことで、心配性な性格になったボー。ある日、母親が亡くなって実家に戻ることになった彼は、妄想の世界を延々と旅することになるーーというあらすじのこの作品、ストーリーとしてはだいたいその通りだったけれども、「めちゃめちゃ辣腕で能力があって沢山人を従えてるのに子どもとの愛着形成だけ何故か壊滅的に破壊的な子供がえりを起こしている母親」というボーの妄想よりも一億倍くらい手強い敵が映画全体を通して影響を及ぼしてくるので、そっちのほうが見どころかもしれないと思った。この母親が本当に強い。破壊的で破滅的。鬼舞辻無惨かよ。それでいて手放しに憎むわけにもいかない。母子の関係が非常にうまく描かれた良作だと思う。『ヘレディタリー/継承』『ミッドサマー』の監督の手掛ける最新作として、口コミでは「懲役3時間」「不快なもののオンパレード」という触れ合いでしたが実際観てみるとそうでもない。否、不快感はこれでもかと詰め込まれていて最高に楽しめるけど、意味不明かと言うと…かなり親切だったなあ。と思った。不快なフィルムを作るためにアリ・アスター氏が誠実に親子問題に取り組んで、めいっぱいファンサはするけどそれはそれとしてちゃんと話の筋立ても放棄しない丁寧な作りになっていて、説明も隠喩もしっかり量があった。筆者は軽く旧約聖書と新約聖書、それから西洋美術史をかじって理解していて、母子問題も波打ち際の戯れ程度には知識があったので、話の内容が「理路整然」と受け取れたのはそこが決め手だったのかもしれない。監督の題材選びが悪趣味か、というと、悪趣味な人間はこんな誠実で取無理な踏み込みの無いフィルムは作らないし、ボーがいじめられるだけの陰惨なフィルムを作りたければここで終わらせればもっと意地悪でニヤニヤできるのにな、というところはいくつもあった。最後の最後まで撮り切ったのは、この監督が非常に優れたバランス感覚、そしてしなやかな品性を持っているからだろうと想像できた。ハッピーエンドかバッドエンドかは見る人によって別れるところだろうと思う。しかしそれこそこの監督の誠実なところと言うか、「母子問題に適当な幸福エンディングを乗せるくらいだったら、判断を観客の経験と感性に委ねたほうがずっといい」と、「母子問題を題材に選んだだけの者が、どうすれば状況がよくなった、どうなったから幸せになれた、などと語ったところでそれは虚である」という姿勢をしていたことに観客として素直に頭を下げたくなった。全体を通して、作品が行っているのは不快感のチキンレースだけど、人間の不快なところを「問題提起」として見せるのではなく「映画シーンへの挑戦」として『逸脱すればするほど娯楽』というスリリングさを自己演出することで、観客に人間の弱さ、醜さ、不快さを「あいつは嫌だった」と思わせずに「アリ・アスターこんなものを俺たちに見せやがって!」と笑ってすごいと褒められるようにしているのも、うまいと思った。総論として、この映画は安心して観て良いスリラー映画だと思う。不快感はこれでもかと味あわせてくれるし、かなり親切に観客を振り落とさないようにこちらの様子も見てくれている。ただしさわりだけでも聖書の知識がないと意味不明に見えるかもしれないし、母子問題に触れていないとリアリティよりも「ふざけた悪意」を感じるかもしれない。だが恐ろしいことに意味不明でもふざけた悪意を感じても面白いらしい。まさに怪作だ。刺さる人には深く刺さると思うので、おすすめしたい。観終わった最後のギミックに気付けるかどうかでこの映画の感動が大分変わると思う。水風呂に浸けられるシーンと子宮から出るときの羊水の感触が繰り返しオーバーラップする。水は子宮であるということを少しだけ意識していると、面白い発見があるかもしれないです。気が向いたらまたネタバレ有りの感想を書いていきたいと思う。それではみなさん、また次の機会で。