祈りと共に苦難を乗り越える(高野山教学部長・橋本真人氏)

 

◆苦難とは

 

人生の苦難は、いつどのような形で私たちに襲いかかってくるかわかりません。新型コロナウイルスが猛威をふるい、感染の恐怖におびえながら生活することは、誰もが予想できなかったことです。

 

 

仏教の開祖であるお釈迦さまは「四苦」をお説きになっています。四苦とは『生苦・老苦・病苦・死苦』です。

 

漢字で「苦」と書くと一般的に苦しいこと、つらいことをイメージしますが、本来、お釈迦さまが説かれた苦は、サンスクリット語「ドゥッカ」で、『自分の思い通りにならない』と解釈します。

 

 

生まれることも思い通りにはなりません。老いることも、病気になることも、そして死ぬことも自分の思い通りにはならないものです。

 

しかし、私たちはその思い通りにならないさまざまな苦難を乗り越えてゆかなければなりません。仏教とは、「自分に与えられた命を精一杯生きる」教えです。

 

◆『般若心経秘鍵』に聞く(一部抜粋)

 

『般若心経秘鍵』には、苦難を乗り越える方法が明確に説かれています。

 

『般若心経秘鍵』は、真言密教のエッセンスが充満した書物で、弘法大師が行学共に円熟なされた最晩年に『般若心経』を説き明かされた著作です。その一文をご紹介します。

 

 

(般若心経を)誦持講供すれば、即ち苦を抜き楽を與へ修習思惟すれば道を得通を起す。甚深の称、誠に宜しく然る可し。

 

(現代語訳)

般若心経には仏教のあらゆる教えが詰まっていて、この経を大切にし、心をこめて唱え、さらにその功徳を説き供養に勤めれば、世間の様々な苦しみをのがれ、安らぎを得ることができる。

 

 

さらに、この経の教えを深く身心で習い、修めるならば、悟りを得て神通力を起こす。この真実の智恵の深さが称賛されるのは、誠にもっともなことである。

 

◆祈りの姿

 

弘法大師が前述の如く、「苦を抜き楽を与える」と讃歎なされた教えに則り、『般若心経』の読誦と、その功徳の深さを実践的に伝える写経に努めることが、コロナ禍を生き抜く智慧であると考えます。

 

 

人が祈る姿は、実に美しいものです。高野山では、これからも様々な場所と行事を通じて、皆さまに行と祈りをお届けさせていただきます。

 

その弛まぬ行と祈りの積み重ねが、いつしか量り知れない大きな生命力となって、必ずや苦難を乗り越える行動と精神力が自ずと養われることになるでしょう。(一部転載終了)