「数字」って、縛りますね〜。

 

 

 

のす子の生活には「数字」がありません。

 

テレビがないから世の中の「数字」を見ません。

熱中症で何人搬送されたとか、気温が何度で猛暑日になりますとか…。

支持率が何パーセントとか、降水量がやばいです?とか…。

 

気温なんかは特に、自分の感覚に頼っています。

 

だから、朝起きて

「あ♪今日は気温が高いけど風が気持ち良い晴れ」とか

「気温はいつもより低めだけど、湿度が高くてしんどいチーン」とか。

 

「数字」で決めずに、感覚で決めています。

 

 

 

そして実は、家に時計を大々的においていません。

時間を確認したい時はスマホで確認します。

 

だから、その時その時を満喫しています。

 

何時になったからこれをするとか、ありません。

 

お腹が空いたからご飯食べよ〜となります。

 

自分の感覚が決めます。

 

 

その生活をしていると、外の太陽の明るさをみて大体の時間もわかるようになりました。

そこに目を向けるようになったというか。

 

感じると言いますか。

 

 

 

 

「数字」って、みんながわかる共通のモノサシですよね。

それはそれで「便利」だけど、

その価値を受け取る自分自身の存在がなくなってしまいやすい。

 

 

しかも、共通のものだけど、それを受け取る価値はそれぞれ違う。

 

例えば、「気温30度です」を「暑い、やばい」ととるか、「まだマシ」ととるかは人それぞれの感覚。

 

 

「数字」ってハッキリしているけれど、ちょー曖昧だなあ。

 

 

だったら、自分の感覚が、すべてだなと思うのです。

すべて、というか。

 

結局は自分が行動するのだから、自分の感覚で「いい照れ」っていう状態がいいですよね。

 

 

それをやるのは、自分。

それをやって何かを思うのも、自分。

 

自分の感覚を知らずして、何ができようか〜パー笑

 

 

 

のす子