私がこどものころ、「浅井長政」の読みは「あさい・ながまさ」だった。

いつの頃からか、それは「あざい・ながまさ」へと変化した。

教科書にも、「あざい」とルビが振ってあります。

『詳説日本史（改訂版）』山川出版社、2016、159ページ

濁るか、濁らないか。

この判断はとても難しいと思う。

浅井氏の場合、なぜ「あざい」と濁るようになったのか、というと、

地元では地名としての「浅井」を「あざい」と濁るから、らしい。

ただし、やはり「あさい」と読むという主張もあって、原点回帰の風情も漂っております。

さて、今回取り上げる「遊佐」氏。

あまり有名ではないと思うので説明します。

遊佐はマイナーでも、畠山という家は有名です。

あ、昨年度の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で中川大志くんが演じた畠山重忠の一族とは違います。こちらは平姓の畠山。

私がお伝えしたいのは源姓の畠山。

具体的には、室町幕府のなかで有力な守護大名としての「畠山」です。

三管領って習いましたよね。

管領（将軍を補佐する）に就任する３つの家です。

畠山と細川と斯波でした。

その畠山です。

時期によって違いはあるけど、畠山は、紀伊や和泉、河内、越中や能登などの守護でした。

応仁文明の乱で、遊女の子義就と庶流政長で対立したのは有名ですね。

乱後もまだ畠山家は争い続けたので、だんだん影が薄くなっちゃった…。

そういう家です。

そんな畠山のような守護大名に仕える家臣たちのことを、

「被官」（ﾋｶﾝ）と呼んでいますが、

遊佐氏は、畠山氏の有力な被官一族なんです。

（有力な家臣って言ったほうが分かりやすい…）

ようやく遊佐氏にたどりつきました。

さて、この遊佐氏の読み方です。

まずは軽くコトバンクで調べてみると、ニッポニカ以下、いずれも「ゆさ・うじ」で立項されています。

次に、日本史最大の辞典である『国史大辞典』だと「ゆさ・し」。

↓は、国語辞典の王様『日本国語大辞典』。読みは「ゆさ」。

いずれも濁ってません。

一方、この遊佐氏の名字の地とされているのが、出羽国遊佐荘なのですが、

現在は、遊佐町という名称になっており、読みは「ゆざ・まち」なんです。

つまり、地名としての読みは「ゆざ」なんです。

↓こちらは、地名辞典の王様『角川日本地名辞典』。

濁点、見えますよね。

さて、地名としての浅井は「あざい」と濁るのだから、名字としての浅井も「あざい」。

これが成り立つのなら、

地名としての遊佐は「ゆざ」と濁るのだから、名字としての遊佐も「ゆざ」だと言っても良いのではないだろうか。

では、wikiでも見てみようかと思って、開いたところ、

なんと！

すでに（ゆさし／ゆざし）と読みが書いてある！

でもいいです。気にしません。

そして「注釈１」をクリックせずにはいられないので、もちろんクリック！

^ 「ゆさ」と読まれることが多いが[1]、「ゆざ」ともされる[2][3]。『二水記』享禄3年（1530年）12月18日条には「遊座」と書かれ[4]、遊佐氏の本貫地・遊佐も「ゆざ」と読む[5]。

とありました。

[２][３][４]は参考文献３件。

天野忠幸氏、小谷利明氏、弓倉弘年氏の文献です。

読むべきなのでしょうけど、面倒なんで割愛。

そして、史料の所在も示しています。

では早速『二水記』享禄3年（1530）12月18日条を見てみましょう。

ちなみに、『二水記』は戦国時代の中流貴族、鷲尾隆康が書いた日記です。

　　　　　　ユ　佐歟、

而依令害遊座出奔、

…なんか、微妙…。

説明しないと、ですね…。

「遊座」と一旦書いておきながら、「座」を見せケチにして、上(原本は縦書きなので、右隣)に「佐歟」と書いて、その「歟」を見せケチ。

しかも「遊」のところに「ユ」とルビを振っている。

Oh no. ややこしい…。

※見せ消ち（見せケチ）とは、元の字を読めるような状態にしつつ、傍

線を引いたり傍点を付けたりして間違いであることを示す操作です。

現代語にするなら、

そして(木沢は)、遊座(座じゃなくて佐~~かも？~~)を殺害しちゃったので行方をくらました。

こんな感じ。

見せケチがあって分かりにくいけど…

「遊佐」の当て字として「遊座」という表記があったから、「遊佐」は「ゆざ」！

…と言いたかったのですが、

結局「座」を修正して「佐」に直しちゃってるから、この史料、微妙～。

「遊」のルビ「ユ」は、まぁ良いけれど、そこ、そんなに重要じゃない。

で、ここで当て字について説明します。

前近代は当て字が多いのですが、とりわけ中世は多い。

間違えている、というわけではありません。

なんというか、おおらかなのです。

『二水記』では書き直してますが、

違う字を書いても、誰も気にしないし、「間違ってるよ」なんて野暮なことは言わないんです。

それでオッケーだったんです。

だから、現代の私たちも「この人、漢字間違えてる」という野暮は言わないんです。

っていうか、同一人物が書いた日記のなかにも関わらず、

いろんな漢字表記を使うんで、わけわかめ、なんですよ。

例えば、能の流派で金春流ってあります。中世では「金春座」と呼ばれていました。

でも、史料では、「今春」という表記が多いんです。これは「今春（今年の春）」という意味にも取れて、本当にややこしい当て字です。で、金春と今春、使用比率でいうと3：7で、今春の表記の方が多い。

同じく能の流派で「宝生（ﾎｳｼｮｳ）流」ってあります。中世では「宝生座」。

やはり当て字で「法性」と表記されることが、かなりあります。

宝生：法性の比率は、五分五分かな。

これくらい中世は当て字が多い。

で、宝生流の史料探してるのに、「法性」の表記だと、知ってれば見つけられるけど、知らなかったら見逃しちゃいますよね。

ってか、「法生」という第三の表記もあるし…。

また、「浄池院」を「上池院」と書いたり、「信千代」と「信千世」と、

おそらく、気分で漢字を選んでいるんですよ。

（知らんけど）

信千世あたりだと、信千代も同一人物だとすぐに気付けるけど、

浄池院と上池院を同一人物だと気付けるかどうか…。

というわけで、当て字は人物特定する上で、すごくやっかいな存在ではあるんです。

ですが、今回のように、読み方を探るには当て字が役に立つんです。

さきほどの『二水記』の史料、見せケチになってましたけど、

「遊座」の「座」の字は、これは「ざ」としか読めません。

決して「さ」とは読まないですよね。

だから、「遊座」は「ゆざ」となります。

であるならば、「遊佐」もまた「ゆざ」と読めるわけです。

史料によっては、ルビを振っている場合もあります。

さきほどの『二水記』でも「遊」の上に「ユ」と振ってありました。

「座（佐）」にもルビ振ってくれればよかったのに～、と思いますよね。

でも、前近代で「遊佐」にルビを振っている史料があったとしても、

濁ってても澄んでても、ルビは「ゆさ」一択なんです。

仮名に濁点を付ける習慣がないので。

なので、濁るか濁らないかを知りたい場合、ルビは残念ながら役に立ちません。

でも当て字は、読み方判定にすごく有益。

さっきの『二水記』は微妙な史料でしたが、次はイケますよ。

『看聞日記』です。

記主は、伏見宮貞成（ｻﾀﾞﾌｻ）親王。室町時代中期の宮家の方です。

詳しくは、「大掃除、改め煤払い」をどうぞ。

その日記には、

永享7年10月21日条には「遊座」と書いてある。

永享9年正月3日条にも「遊座」とありますね。

今度は見せケチもないから、「座」は「ざ」としか読まないから「ゆざ」。

確定です。

（もちろん「遊佐」という記載もあります。）

つまり「遊佐」＝「遊座」＝ゆざ

ついでに、応永31年7月8日条には「湯佐」とあった。
「遊」は「湯」であり、共通の音は「ゆ」。ま、当然ですよね。

ここは議論になってなかった💦

ここまで見てくると、当て字の自由度には驚かされる。

同一人物の日記で、こんなに表記がバラバラ（笑）

遊佐の読み方は「ゆざ」、これで決定！

地名も濁るし、家名としても濁っていることが中世の日記から確認できる！

確定

けれど、浅井さんは教科書に載るお方。

遊佐さんは教科書には載らないお方。

インパクトには天と地ほどの差がありまして…

「あ、そう」止まりだろうな、ということは重々承知しております。

当て字から探る「遊佐」の読み方