お義母さんが還暦を迎えて
日頃の感謝を手紙にしようと
文章を考えていた時
ふと亡き母への手紙も書きたくなって
紙にあの頃を振り返り綴ってみた。
ママへ元気にやっていますか?
天国で見ていてくれていますか?
書いてるだけで涙が溢れてきた。
当時私は小学四年生の10歳。
体の異変には気付いていたが
子供三人を育てていく為に休む暇もなく
限界までほっておいた体。
限界まで我慢して病院に行ったら
盲腸だと言われ
このまま散らすからと薬で様子見
するように医者からの診断
盲腸は医者の判断ミスだった
症状が一向に良くならず
背中の痛み、血便が出てきて
おかしいと思い再度病院へ。
癌が見つかった。ステージ4
余命半年と宣告され
急速にどんどん弱っていく姿を垣間見ていたのに
母の死を受け入れられずにいた。
まだどこかで生きている気がして
ひょこっと帰ってきたり
まだ病室に行ったら寝てる。
そんな思いしかしなかったから
葬式では一切涙は出なかった。
もしかしたら側で寂しくないように
抱き締めて居てくれてたのかな。
今振り返るとそんな気がする。
私の家系は複雑で
父親がギャンブル依存症で蒸発して帰って来なくなり
母は看護婦の仕事をフルタイムでこなしながら
女手一人で私達兄弟三人を育てていた。
蒸発して行方がわからないからか
離婚もしないまま苗字も変えずに
母方の両親と一緒に暮らしながら、
なんとかやっていけてた。
自分の事より人の事。
とても真面目で気が強くて
怒ると鬼みたいで
恐ろしいほど怖いけど
顔が小さくて色白で美人の自慢のママだった。
今思うと虐待レベルの怒られ方をされてた。
風呂場で来るのが遅いという理由で
ぶっただかれてすっ転んだり
ご飯を残すと無理やり箸で押し込まれて
食べさせられたり
孫の手で叩かれたりが毎日毎日続くから
家に帰るのが嫌になってた記憶がある
私は母に対して殺意が芽生えていた。
一度だけ母の事を本気で睨みつけて
死ね!!!と願ってしまった時があった。
私は今でも後悔している。
母の事を死ねばいいと思った事を
そんな事を一瞬でも願ってしまった自分を悔いた。
結局本当に大切な人が死んでしまうと
現実を受け入れられない
その存在が自分にとって大きければ大きい程に。
自分の存在すら認められなくて
先の不安を考えすぎて消えたくなった。
絶望とはこうゆう事を言うのかな
あの頃はとても辛かった。