旅ブログの続きになります。😅
龍飛崎から南下して次は高山稲荷神社に向かいました。
高山稲荷神社は鎌倉から室町にかけて此のあたりを統治していた豪族安藤氏の創建と伝えられる。
江戸時代の古地図には、高山の地は三王(山王)坊山と記されており、当社の境内社である三王神社御創建の社伝には、山王坊日吉神社を中心に十三宗寺建ち並ぶ一大霊場があり、安藤氏の祈願所として栄えるも1443年(嘉吉3)[または、1432年(永享4)]頃に南部勢の焼き討ちにより焼失。
この時、山王大神様が黄金の光を放って流れ星のように高山の聖地に降り鎮まれた、と伝えられる。
(HPより)
手水舎
御 祭 神
宇迦之御魂命(ウカノミタマノミコト)
佐田彦命(サタヒコノミコト)
※猿田彦命(サルタヒコノミコト)
大宮能売命(ミヤメノミコト)
※天鈿女命(アメノウズメノミコト)
↑高山稲荷神社の拝殿
↓HPより
江戸時代、赤穂藩主浅野内匠頭長矩の江戸城中での刃傷事件による藩取り潰しの際、赤穂城内に祀っていた稲荷大神の御霊代を藩士の寺坂三五郎が奉戴
↓
流浪の果て津軽の弘前城下に萬し、その後鯵ヶ沢に移り住み「赤穂屋」と号し醸造業を営み栄える。
↓
その子孫がお島に移住するにあたり、この高山の霊地に祀れとのお告げにより遷し祀った、と伝えられる。
HPからの説明文では元々は三王(山王)神社が祀られていて、その後、赤穂城内(兵庫県)で祀っていた稲荷大神の御霊代もこちらで祀り稲荷神社の知名度の方が広まって行った様ですね。
拝殿より更に奥、高い場所に三王神社がありました
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冒頭の説明にもあった、南部勢の焼き討ち後に三王大神様が黄金の光を放って現れた場所が此処かも知れませんね。![]()
左:大島稲荷神社 右:三五郎稲荷神社
末社
下って高山稲荷神社で有名な⛩️千本鳥居に向かいます。
先ずは龍神社🐉
神橋を渡ったら
千本鳥居の始まり
京都の伏見稲荷神社の千本鳥居とはまた違った雰囲気ですね。![]()
登った先には神明宮が鎮座
ここからの✨眺めが素晴らしい👍
🦊狐さんも横一列に勢揃い♪
頂いた御朱印です。
一粒万倍日の御朱印でした♪![]()

この日の最後にもう一箇所寄って行きたい場所がありました。
途中の道、木のトンネルみたい
それが💁こちらの木造駅です。
以前TVで観た『出川哲郎のバイク充電旅』でこの大きな遮光器土偶のオブジェを見て驚きました。![]()
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歴史の教科書などで目にしたことのある遮光器土偶はこの地域で発見されたそうです。
お知らせ掲示板も土偶仕様♪![]()
駅中の売店も土偶グッズが沢山売られていました。![]()
👽宇宙人⁇
一部ではアラハバキ神では?とも云われていますが、
一体何者なんでしょう⁇
《この日のルート》
八大龍神宮→青龍寺→龍飛崎→高山稲荷神社→木造駅
弘前市内のビジネスホテルに宿泊しました〜♪![]()
※旅ブログはあと2回で終わる予定です💦
訪問して頂きありがとうございました〜。🙇





























