お腹も満たされたので次に向かいます。wウインク


焼肉の天壇さんの向かいが歌舞伎座なので、先ずは歌舞伎座横にある『歌舞伎稲荷大明神』から参拝します。






歌舞伎座は、1889(明治22)年、木挽町の地に誕生して以来、歌舞伎の殿堂として明治、大正、昭和、平成にわたって、古典演劇としての洗練を極めると共にその時代 の息吹を取り入れた舞台を上演し続けてまいりました。

また、その間には幾度もの災禍を乗り越え、力強く復興を果たしてまいりました。(松竹より)

現在の歌舞伎座は第五期にあたるそうです。







歌舞伎稲荷大明神





歌舞伎興行の大入りや安全、お客様や舞台関係者の平穏無事、また、近隣の平安、火伏の守護などを祈願して祀られています。





毎年二月午日は「初午祭」を開催。

歌舞伎興行の初日と千穐楽には「奉告祭」が執り行われているそうです。









歌舞伎座の裏手には『寳珠稲荷神社』(ほうじゅいなりじんじゃ)が鎮座します。




稲荷神社だけど狛犬さん♪照れ




拝殿にはちゃんとお狐様がいました。

こちらのお狐様、シッュとしていてカッコいいラブ


こちらの狛狐が咥えている物には『宝珠』と『鍵』ですが、他に『巻物』や『稲穂』など咥えている狛狐がいます。

それぞれに意味があるようですよ。


伏見稲荷大社には、玉鍵信仰と呼ばれるものがあるそうです。

「玉」は稲荷大神の霊徳の象徴を表し、「鍵」はその霊徳を身に付けようとする願望とされており、「玉と鍵」の二つは、陰と陽、天と地といった万物が二つの働きによって生み育っていく理を表すとされているとのことです。
(宝酒造さんより)





1615(元和元年)頃、板倉内膳匠重昌の江戸屋敷内に、家内安全、火除の神として祀られたことに始まります。


重昌は、武勇に富み、敬神の念が厚く、大阪冬の陣や島原の乱等に追討軍として戦闘に参加しましたが、不幸にして島原の乱において、年令50歳で戦死しました。

明治維新の後、宝珠稲荷神社は、地元木挽町の氏子に寄進され、現在に至ります。

(銀座なびより)







少し離れた銀座一丁目にある『安平神社』にもお参りしました。




小さなお社だけど、緑に囲まれていて良い感じ♪照れ







江戸時代に、新庄美濃守(しんじょうみののかみ)の屋敷があり、屋敷神として祀られた稲荷神社になります。

明治時代には、万安樓(まんやすろう)という料亭が創業し、その敷地内で安平神社として祀られたそうです。

境内に由緒は無く、ご利益等詳細は不明となります。

(銀座なびより)







銀座三丁目には『朝日稲荷神社』があります。

こちらは私もお気に入りの神社でして、知る人ぞ知る新海誠監督の『天気の子』の聖地として知られています。ウインク



映画『天気の子』



画像はお借りしましたウインク


映画では廃ビル(代々木会館)の屋上に神社があり、主人公の陽菜が力を授かりますが、神社はこちらの朝日稲荷神社がモデルとなっています。



ビルの外側にも朝日稲荷神社があります。






創建年代等は不詳とされ、安政大地震で社殿が倒壊してから放置されていたとつたえられ関東大震災で三十間堀の堀底が隆起し、神璽が現れたことから社殿を再建したといいます。

(銀座なびより)




屋上へはこの奥のエレベーターで上がります♪







右手の🚪ドアを開けると♪







この日は☔️雨が降ったり止んだり、流石に映画のように参拝しても☀️晴れ間は出ませんでした。😂








私が訪ねた時間は社務所が閉まっていました。😭



前回、訪れた時に頂いた御朱印です。


銀座ブログはまだ続きます。

ご訪問頂きありがとうございました〜♪🙇