3連休の京都旅行以降、まだ興奮冷めやらぬほどです。

 

といいますのも、この年になりようやく京都の本気、底力をみた思いだからです。

 

 

前回の記事に少し書きましたが、今回ようやく、京都を中心に育まれた日本古来の価値観が実感できたわけですが、

 

その中で思い浮かんだのが、

 

「京都の人はよく遷都を承認したな。。。?」

 

という疑問。

 

 

京都は世界でも稀に見る、君主と1000年間をともにした街。←これ、殆ど例がないようです。

 

京都を京都にしたのはまさに天皇家の存在であり、

 

その1000年の歴史の源をよく東京に渡したな?と思ったのです。

 

 

しかし、調べてみると…

 

京都の人は出し抜かれていた!😭

 

 

 

 

こちらの予備校講師さんの解説が大変わかりやすかったのですが、不意打ちの帝のお引越し😭😭😭

 

そりゃあ、京都の人、東京を恨んでも仕方ないわ。。。

 

「東の京都」でしかなかった東京にいつしか日本のハイライトを奪われ、何たる悲哀。

 

 

しかしそれは、明治維新を担った人物達が、何としても古いやり方で新陳代謝を失った帝まわりを一新して、とっとと世界に追いつくべく、

 

荒療治でも改革を断行した、と評価すべきでもあるでしょう。

 

 

しかし都の地位はなくなってしまっても1000年間積み上げた歴史はなくなるわけではなく、

 

その文化的遺産の圧倒的な量、規模を見せつけてくるわけですが、

 

また一方で現代は財政再建団体一歩手前という辛い立場でもあり、

 

まだまだこの街が掴みづらい私😅

 

 

 

今まで、正直言いまして京都の楽しみ方があまりわかりませんでした。

 

お寺や観光地など、恥ずかしながら

 

すごーい、きれーい、

 

以外の感想を抱けず。。根本的に理解が浅いからなのだと思います。

 

 

すごいけど、きれいだけど、それらの文化的遺産は何なんだろう。見たからって私の心に何が残っているのだろう。

 

それがわからない自分が嫌で、いつしか京都に行くのがストレスですらありました。

 

 

それが、今回の旅だけは違って、ようやくようやくです。こんなふうに京都を心に残したかったのです。

 

やっと、京都を少し語れるものも出来ました。

 

 

もちろんこんなもので京都を分かった気になってはいけませんが、

 

すごーい、きれーい、

 

以外の言葉を使って話せるようになっただけ、進歩としたいと思います。

 

 

こんな旅をもっともっとしたいな。