どんよりとした鼠色をした大きな雲が空を覆う中、あわただしい朝の時間が過ぎていく。

新型コロナウィルス感染拡大防止による教育機関が営業停止をしていた2カ月間を経て、ついに毎日の日常が取り戻されつつある。それが、今日、2020年6月1日だ。

 長男は昨日の休日の過ごし方のせいか、朝からやる気が微塵もない。昨夜は11時くらいに寝たのは確認した。夜更かしまではいかない睡眠時間をとれたとは思うのだが。朝の7時過ぎには起きたもののソファに移動しては目をつむり、ベッドに戻っては目をつむり、てんで中学校へ行く気配がない。新1年生だから、余計心配である。

 ちなみに昨日の休日の過ごし方とは、いとこの家に土曜日に遊びに行き夜に帰ろうとすると駄々をこね泊まらせてもらい、日曜日はゲーム三昧だったことだ。そりゃ、新たに始まる月曜日の心の準備ができるはずはない。私のせいでもある。

 長女は食欲が旺盛で食べることで気を紛らわすことができるような、私に似た天真爛漫な性格だ。入学したての頃は学校に行きたくないと、電柱にしがみついていたこともあるが、4年生になった今は笑顔で玄関を行き来する我が家の太陽といったところだろうか。眠そうだが、ご飯を食べて準備をいち早く済ませた。

 長男と長女と一緒に母親は出発した。朝の8時過ぎだった。中学校まで母親が車で送り届けたことについては深入りはしない。

 さて、次女の出番である。母親がいれば良いのだが、仕事へ先に入った為幼稚園へ送るまでは私の仕事となった。

 幼稚園バスが9時前には到着するので朝ご飯を食べさせて着替えをさせなければならない。もう、8時20分だがソファに移動されられた次女に起きる気配がなかった。どうしたものかと揺さぶるが、起きたら起きたで行きたくない攻撃が始まる。

 こうなると戦争の始まりだ。時間がない、幼稚園でお腹をすかせたまま遊ばせることは出来ないからご飯を食べさせないといけない、バスがやってくる、8時30分までにテレワークの本日の作業予定を出さないといけない。

 頭の中で9時までの間にやることの優先順位を整理しながら淡々と作業を進めていく。パソコンを開けて作業報告は完了した。まだ次女は眠りにつこうとする。話しかけるとイヤイヤ攻撃が始まる。

 このご時世、強制力を持った行動は慎むよう心がけている。着替えをさせるのもパワーだけで解決することは出来ないのだ。なんとやりづらいご時世だ、と考えながらもテレビに映った教育番組のことを話しながら着替えを進める。それと同時にご飯を食べさせる。

 8時50分になった。スマホのアプリでバス到着がもうすぐだと連絡が入る。今日は幼稚園を休ませるか、と敗北宣言とも言うべき悪魔のささやきには同調せず、泣きじゃくるわが子と幼稚園バッグを両手に、バスがやって来る家の前に急いで移動した。

 バスは目の前に来ていたのだが、このバッグではないと持ってきたバッグが違うことを耳元でささやきだす。今日はこれで行くんだと言い聞かせた。最後のあがきだったのだろうが、私はそれに屈することはなかった。

 次女はバスに乗り込んだ。さすが年長さんだ。降りてきた先生と挨拶をしっかり行い、もくもくとバスに乗り込む。バスの中からは「ママがいい!」と他の子どもが叫んでいる。我が家だけではないと少しの安堵感を持ちながらバスを見送った。他の子がうるさく気が散っていたのか、バスの外から手を振る私には気づかずうつむいたままの次女は手を振り返すことはなかった。先生が会釈をされてバスは走り去っていった。

 帰った家には今まで2カ月間にぎやかだった光景がなかった。学校が始まるのを待ちわびた半面、いざ誰もいない我が家に帰ると寂しさを感じる。これを空虚感というのだろうか。

コロナウィルスは肺にぽっかりと穴をあけるそうだが、患っていない私にもぽっかりと穴が開いた気がしてならない、そんな1ヵ月越しの五月病感を感じている6月1日10時である。

 さて、仕事を開始するか。