競馬の世界では1番人気から18番人気までどの馬にも勝つチャンスがあり、どの馬にも関係者やジョッキーとのドラマがある。137回目を数える天皇賞が5月4日、京都競馬場で行われる。出走するそれぞれの馬、厩舎、関係者の天皇賞に懸ける熱意に触れてみたい。

今回の天皇賞、出走馬の話に移る前に記しておかなければならないことがある。トウショウナイトのことだ。調教中に右脚の粉砕骨折で安楽死処分となり、三度目の天皇賞出走が叶わなかった。7歳を迎えても、年明けから重賞を続けて2着。管理する保田師は「調子はすごく良かった。こういうときほどアクシデントは起こるもの。気を付けていたんだが…。ここまで本当によく頑張ってくれた。」と表情を曇らせた。4歳時の天皇賞春で4着、一昨年のアルゼンチン共和国杯では鞍上の武士沢騎手とともに初の重賞勝ちを飾った。新馬戦を含む34戦に騎乗してきた武士沢は放心状態。「しゃべることはない。つらいだけだよ。しかも、こんな時に…」と声を絞り出すのがやっとだった。苦楽をともにしてきた愛馬の死、そのショックは計り知れない。天皇賞当日、華やかに各馬がターフをにぎわす裏で、故障で出走さえできなかった馬がいることを心に刻んでおきたい。

 さて、では改めて今回のメンバーについて触れていく。まず今回のメンバーの中で、最も実績をあげているメイショウサムソンだが昨年秋の天皇賞を勝った後、本来の姿がない。ただし、この馬は不利や大衆の予想とは裏腹に成績を残してきた。皐月賞も6番人気。ダービーでも二冠制覇への期待がそれほど高くはなかった。昨年の天皇賞春にしても実績がありながら距離不安から2番人気。天皇賞秋では1番人気ながらも休み明け、テン乗りということで不安視されていた。逆に人気を背負った菊花賞や宝塚記念、ジャパンカップ、有馬記念では勝利を収めることはなかった。私はこの馬に王者ながらいつも伏兵の匂いを感じる。アグネスデジタルがそうだった。しばらく結果がでなくて、もう終わったかと思えばいきなり復活してきた。強い馬なのだと人気をかぶれば凡走した。良くも悪くも期待を裏切っていた。GⅠタイトル4つを誇るメイショウサムソンの実績、これは他の出走馬が逆立ちしても抵抗できない立派なもの。近走の不調だけを見てはいけない。管理する高橋厩舎に対するバッシングについては、私も不安を持っている。高橋調教師のコメントには落ち着き、自信が感じられず、他の管理馬の成績もひどい。ただ、メイショウサムソンの前管理調教師の名伯楽、瀬戸口氏が信頼を寄せて預けた人間であることは忘れてはならない。

ドリームパスポートは復帰後、有馬を6着、その後も重賞を5着、4着と大敗こそないものの、3歳時の成績を考えると不甲斐ない。「大幅に変わったとは思えないが、デキ落ちはないから大丈夫。距離延長はむしろいいと思うし、ソロソロ結果を出して欲しいね」と稲葉調教師のコメントにも天皇賞へ向けた意気込みが感じられない。菊花賞2着、昨年の阪神大賞典2着から長い距離での適性も評価されているが、気性的なもの、特に前半行きたがるところ、また父であるフジキセキの産駒の特徴である平坦の中距離から短距離での好成績を見る限り、私はこの馬のベストパフォーマンスは京都のマイルチャンピオンシップで発揮されると思っている。

不甲斐ないといえば、それはアドマイヤメインにも言える。ダービーでは上記の二頭に割って入り、菊花賞でもあわや、という場面を作り出した馬。ただ、橋口師の表情も冴えない。「体調に関してなら素晴らしいと言えると思いますよ。ただこの馬は気性に問題があって時として競馬を自分から止めてしまうことがあるんですよ。最後まで集中して走ってくれれば・・・」アドマイヤメインと同様、調教師のコメントもどこか寂しい。有馬記念以降どうしてしまったのか、という成績だがこのまま終わってしまうのはもったいない。

5歳世代の中で順調に来ているとすればアドマイヤジュピタだろう。3頭の中でこの馬だけがGⅠ出走経験がないこと、父が長距離では成績を残していないフレンチデピュティであることは気がかりだ。しかし、GⅡを二勝、前走も58キロを背負って一着に持ってきた。何よりも厩舎と馬、ジョッキーの三位一体の姿勢に心打たれる。管理する友道調教師は鞍上の岩田康誠がまだ公営所属だった頃から目をかけていた。また、この馬の初勝利は岩田によるもの。途中、故障で戦列を離れた際に友道師は「本当にショックだった。絶対にクラシックでいい勝負ができると思っていたし、これからという時だったから」と嘆いた。そんなアドマイヤジュピタに対し岩田は「今年の古馬戦線はこの馬で、と思っている。」と話した。今年の重賞勝ち数で2位につける岩田のこの言葉で、私はアドマイヤジュピタから目を離してはいけないと思った。いくつかの不安要素を一蹴して新星誕生となるだろうか。

 5歳世代4頭について触れてきた。強いといわれてきた5歳世代にもやはり死角がある。ならば、他の世代の出走馬はどうだろうか。他の世代で実績、臨戦過程から最も有力視されているのが昨年の菊花賞馬、アサクサキングスだ。4歳世代の牡馬は、3歳時にウオッカやダイワスカーレットら牝馬陣に圧倒され、ここ数年では最も弱いとされてきた。しかし、昨年末から、じわじわとこの世代が成績を伸ばし始めている。ロックドゥカンブが有馬記念で4着に踏ん張り、アドマイヤオーラが京都記念を勝ち、オープンのレースではあるが府中のメトロポリタンステークスを菊花賞2着のアルナスラインが後続を6馬身ちぎって勝ち上がってきた。これから4歳世代の巻き返しがあるのかもしれない。天皇賞春は菊花賞馬を狙え、というセオリーからもアサクサキングスは有力だが、それとともに菊花賞以降の秋のレースをすべて休養にあて、4月の大阪杯までレースに出さなかったことで、疲労が抜け、成長したことは明らかだ。古馬との対戦で力がつくのはもちろんだが、じっくりと疲労を取ることも成長のためには欠かせない。追い切りに騎乗した寺島助手は「昨秋と比べて、スピード感が違う。」と話し、瞬発力勝負への対応にも自信を示した。前走の大阪杯についても「天皇賞が目標で、トライアルの意味で使ったけど、内容は満足のいくものだった。差し返すようだったし、これで馬のスイッチが入ったかなと思う」とし、59キロを背負いながら強い競馬を披露した管理馬を称えた。不安は1番人気での出走だが、鞍上の四位は「長丁場で折り合いの心配がないのは心強い。当然今度はマークされると思うが、僕のは自在に立ち回れる強みがある。いいメンバーがそろったけど今の感じなら楽しみの方が大きい」と確かな手応えを口にした。1番人気の重圧は確かに大きい。ただし、京都では2戦2勝、大崩れはないだろう。管理する大久保師も「菊花賞と天皇賞(春)は、別格のG1と思っている。息の入りも今回の方がいいし、体重的には同じでも体もすっきりしている。あくまでチャレンジャーとして。期待と不安と…。でも、プライドを持ってがんばりたい」とここに懸ける意気込みを語った。

アサクサキングスと同じ4歳世代ではホクトスルタンが血統の妙味と前走のぶっちぎりの勝利から人気を集めているが、前走はオープン戦。確かに後続をちぎって勝ったがまだ重賞勝ちがなく、天皇賞を勝ちきるだけの格をまだ持ち合わせていない。

なかなか優勝馬が出ない7歳馬にもエースがいる。内田博を鞍上に据えたポップロックだ。この馬を見ていると、GⅠとはこれほど獲るのが難しいのかと改めて思い知らされる。その辺りは角居調教師も感じている様子で、「今まで勝てそうで勝てない歯がゆい競馬が多かったですが、いつでもチャンスはあると思える馬。距離の不安は折り合いがつく馬なので問題ありません。ただ、瞬発力勝負では分が悪いので、長くいい脚を使える長所を生かす競馬で結果を出したいと思っています」と勝つための早めの競馬を匂わせた。ポップロックが3コーナーからのまくりを見せるかどうかはわからないが早めの競馬をすることで、自然と全体のペースが上がり、消耗戦となってもおかしくはない。実は今回レースの鍵を握るのはこのポップロックと内田の騎乗であると私はこのコメントから感じた。

今回はどんな展開になるのか。ホクトスルタン、アドマイヤメインは自らの勝利のためにもゆったりと逃げたい。またアドマイヤ軍団の包囲網でアドマイヤメインはアドマイヤジュピタの援護という面でもスローに持ち込みたい。ただし、ホクトスルタンは鞍上の横山典弘が果敢にいくこともあり得る。ここで忘れてならないのは、ポップロックが早めに動く可能性があることだ。そうなると、逃げ馬がスローペースでいこうと速いペースでいこうと、どちらにせよなし崩し的に足を使う消耗戦が予想される。そんな消耗戦に耐えられるのはどの馬か。運と実力と格、そして関係者の想い、そのすべてがかみあって、やっと手にできるGⅠのタイトル。厩舎、関係者の想いを乗せて、またジョッキーの渾身の騎乗の先に真っ先にゴールを駆け抜けるのはどの馬だろうか。

(文・徳川醍醐)