
私にとって
絵を描く事=自分と向き合う事
でした
子供の頃
絵を描くと母に褒められるのが
嬉しくて(たぶん)、物心つく前に
将来は『絵描きさんになる』と
決め進んできました
絵を描く時、じっっと
真っ白な紙と向き合うと
『“ここっ”』っと言う場所が
出てきます
そこに線を引いたり 色を乗せたり
形を創るのですが
『“ここっ”っていう部分を
表現するのって
本当に大事なのかな…』と
10年程前の私は疑心暗鬼でした
だって そこに至るのが物凄く苦しくて
ずっと集中して精神を研ぎ澄まさないと
見えてこない
物凄く疲れる。。
しかも不確か…
やがて絵でお仕事するようになり
納期や、クライアントさんの要望等
ただ描くだけじゃない部分に
意識が飛び散るようになりました
修正が度重なるお仕事もあり
『“ここっ”っていう感覚と向き合うより
相手がOKなら
それで良いのかなぁ…』
『“ここっ”ていう部分は、他の人には
大事なのか分からない。
これ追及する意味あるのかなぁ…』
と、制作する間は
毎度 悩みながらでした
やがて数年前、色々な事が重なり
絵が描けなくなっていきました
その時の私は
自分では、その場所で、その環境で
その状況の中で
『こうすべきだろう!』をしているのに
ちっとも上手く行かない…
『一体何が正しいの!?』
『正しい事が もう分からない…』
『もう疲れた…。。』
その時関わっていた仕事も
恋愛も制作も、八方塞がり
もう何を信じて
自分がどう行動したら良いのか
全く分からなくなり
『全部 手放そう』と決め
その時たまたま ご縁があった
和歌山県高野山で
1ヵ月1万円のお家を見つけ
住み始めました
和歌山県高野山は 言わずと知れた
真言密教の聖地です。
でも当時の私は 密教が何なのか
開祖が誰なのかとか
全く興味は無く…
本当に たまたま数年前から
高野山で絵のイベントに
出展していた流れで
その年の夏も展示に向かい
そのままの流れでお宿が見つかり
住み初めました
(ちなみに、当時の私に
選択肢は2つあり
瀬戸内の犬島か、高野山でした
今でも高野山は
ご縁を深く感じるのですが
実際 あまり密教自体は
詳しく知りません…
ただ その頃から
内観、観照、坐禅をしたり
本を読んだり、感情を浄化させたり
法話を聞いたり…
その都度 目の前に出てくる現象と
向き合ってきました
数年が経て
内容 物凄く すっ飛ばしますが
1周グルッと回って
戻ってきたのは
『“ここっ”』と感じる感覚が
私にとっては
とっても大事な部分だった事
他の人には 『“ここっ”』が
大事でなくても
私にとっては殺しちゃいけない
部分だった事
そういう 目には見えないんだけど
正しさも 間違いの指針も無いんだけど
感覚としてある部分が
ちょっとずつ ちょっとずつ
明確になり…
今まで優先していた
『これ位した方が良いよね』=頭の声と
今まで無視していた
『何だか嫌だなぁ…』=心の声の感覚が
ここ数日とってもハッキリして
それが明確になり
『もう 嫌!やりたくない!
我慢したくない!』のイヤイヤ期に
突入していました
観念とか 周りの目とか
イイコちゃんする私
ワガママな私とか本当の私
とか呼ばれていたりします
私の場合
内観、観照、坐禅を通し
ドサッと自我が落ちる体験や
感情を浄化して
大分 楽になった経験があるのですが
禅を通した学びの途中
どんな思考や思いが出ても
バッサ バッサ切るをしていて
(※ 一時は必要な過程だと感じています)
身動きが取れなくなった過程があります。
そこから ちょっとずつ
また方向を迷い
手探りで進むと必要な出来事が
現象として現れ
少し前に受けた
ゆかふぇさんでのセミナーで
教えて貰った思考の観察の仕方
頭の声と、心の声の違い
(心の声は、無視しなくて良い
優先させたらいい)という事や
たまたまネット徘徊して出会った
子宮委員長はるちゃんさんが
示している他人軸と自分軸の図が
とても分かりやすく
グッと入ってきたり
(表現は とってもダイレクトです)
※ピンっと来た方は
検索してみて下さい☆
今は、なるべく心の声を優先する
(と言っても 声が聞こえる訳では無く
何となく感じる…という感覚です)
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