切ないですよね。

私は一人娘を妊娠してすぐに、切迫流産になり10ヶ月の正産期になるまで、寝たきりでした。子宮後屈もあり、横になるとお腹が張ってくるので仰向けにしかなれず、腰も辛かったです。

でも生まれてくる赤ちゃんの事を思うと、傷一つでも無いように、五体満足で有りますようにと、平気なんですよね。

娘が熱を出したり、怪我をしたり、手術を受けたりするのは、自分が病気になった以上に辛いものです。

生まれた年は冷夏。
奥尻沖地震があった年です。
自分が小学生の時、同級生の妹に‘なっちゃん,という可愛い子が居て、将来は絶対に女の子を産んで、なっちゃんと付けようと決めていました。

元夫には、自分の母親の文字を一文字入れようと言われましたが、断固拒否

それだけは、譲れませんでした。

それで、真冬にうまれたのに、なつみにしました。

画数の関係で夏の字は使っていませんが。。

話を戻し。

私もかなりの回数、入院や手術をしました。
でも両親がお見舞いに来てくれたのは、学生時代に寮生活をしていた時のみ。

11本骨折、2ヶ月入院時は千葉と福島だから仕方ないか。。。

福島に居る時に、卵巣嚢腫摘出をしましたが、来てはもらえず。。。

何故かなぁ
復興支援

いえいえ、復興どころかまだ被災の最中。
悲しいかな、福島については普段あまり話題になりません。
東電、原発の報道ばかり。
確かに実際、目に見えた被災ではないし、命があるから良いではないか。。。というかたもいらっしゃいます。

目に見えぬ被災だから、被災中だから先の見えない将来にやるせない気持ちにもなるのでは、ないでしょうか?

かくいう私も、福島に居るわけではありませんので、両親、妹などから聞き及んだ事です。

妹は3.11の時、妊娠していました。
10年ぶりの妊娠、しかも3世帯で同居。祖父母の介護、2人の子育てをしながら、教師をしていました。経験のあるかたはわかるかもしれませんが、便秘の祖父母の為に、掻き出しもしていたようです。
被災時、ガソリンが、不足。車以外に交通手段がない地域。給油するのに7時間並んだとの事でした。

みんなで、こっち来る?言ってみました。

ダメなんだぁ。教職を離れて避難すると。。。

どうやら、教職免許剥奪とかそんな感じの事を言ってました。

え?だって妊婦!

将来心配だけど、仕方ない。。。

結果的に、扇風機や和室の扉をかじるような、アラレちゃんのガッチャンみたいな元気な男の子が生まれましたが(笑)

何かね。
瓦礫など受け入れないと反対する住民の報道とか聴くと、あんたら自分さえ良ければいいんかい!と言いたくもなりますが。。。
やっぱ、嫌ですよね

でも、空は繋がっているし。。。

置き去りの福島、3.11では無く
3.11からです。
早く何とかして欲しいです。