うちの親たちは昔から変わってるなと思ってた。



うちの小さい頃に母親は服毒自殺を試みたり、うちの誕生日の日に2人は離婚したり。

妹たちのはそれぞれが親権を持ったけど、高校生だったうちの親権は2人とも押し付けあってた。



ひとまず母親に引き取られ、親権は父親がもち名字は母親姓を名乗る不思議な形になった。



高1の3学期から埼玉から日光に転校になって行った次の日からインフルで出席停止。

復活してからは珍しいものを見るような感じで見られてたり、生まれつきめの色素が薄く瞳の色が変わった色してることをバカにされたりもして学校にあまり行かなくなった。


そのころから母親は変わりご飯は一切作ってくれなくなり、あたかもうちはいないような扱いになった。

それから食費、学費、通学費、雑費などをバイトと奨学金で賄うようになったけど、ぎりぎり生きてることに気がついた母親は住まわしてるんだからと家賃を請求されるようになり、賄い切れず高校生にして栄養失調になった。


病院の先生は今の時代に珍しいなと驚かれた。


だんだん病んできてリスカ常習になり、栄養失調になったころはくびを切ったこともある。

(力無さ過ぎて浅い切り傷で終わったけど。)


そんなとこを救ってくれたのは当時の担任。

重くて長い話をひたすら聞いてくれて人が信じられなくなった自分にとってほんとに恩人。

集金とかも出せなかったのをとりあえず立て替えてくれたりしてありがたかった。

その時に自分を傷つけるのも救ってくれるのも人なんだと気がついた。


なんとか無事に高校を卒業し、家をでて寮有りのとこに就職をした。



こんな話を聞いたら大体の人がよく笑ってられるねって言う。

今振り返れば当時はつらかったけど別に親を憎んでもいなければ、貴重な経験になったと思う。

自分が親になった時絶対やってはいけないなと学ぶことができた。


今親たちとはだいぶ普通に話せるようになった。

自分が結婚したこともあり、すごく優しくなった。


子どもがもう少しで生まれるけれどこの子には幸せな生活をさせてあげたいなとも思うし、救ってくれた担任のような人にもなってもらいたいなと思います。