おはよう
おはようございます
今朝のおめざの曲
Emotion
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本当言えば
どちらかといえば お休みなさいの曲
のような気がしますが
戦争を経験していない世代に対して戦争責任を押し付けることを差別と考えるべき
レイシストという言葉が飛び交っている
今規制しようとしているが
しかし・・・
親が罪を犯したら子供も罪を背負うべきか
Noだと思う。
戦争であってもそう
しかしやたら思想と過去のことで戦後世代
も責任があるという
日本は戦争に負けた。
でもそれは過去のこと
多くの戦争を経験していない世代は無関係!
責任を押し付けるのは差別と考えるべきだ。
そしてそういう考えをもつものは(現代そう呼んでる)
レイシストと変わらない
責任のない我々が先祖や親そして国の弁護し
正当性を主張するのは我々の当然の責務だと思う。
特攻 人間魚雷 戦争があと半年伸びていたらこんな駄文は・・・
実はもうちょっと戦争が終わるのが遅かったら
自分はこんな記事(1つ前を参照)は書くことはできない
生まれていないという意味だ
父が戦争で死んだ可能性が非常に高い
いわゆる特攻隊で死んだだろうからだ。
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といっても海で体当たりするやつ
人間魚雷って
知ってますか?
まあ理屈はおんなじだ。海か空かの違い
で予科練で訓練しており
もう少しで実際に特攻するところだったらしい。
本当はちょっと詳しく父のこと予科練のことを書こうと思っていたのだが
間違いなく書くことは私の文章力と記憶力からいって
無理だと判断したのでちょこっとだけ
うちの父は外では割と社交的で明るいのだが
自分から見た印象だと
子供の立場から見ると
かなりの皮肉屋であると思っていた。
人は見かけによらないのだ。
たぶん戦争のことを直接聞こうとしたのが
高校生世界史を勉強していたころだったと思う。
核心部分に入るまでは自慢話
で・・・
肝心のことは聞き出せずじまい
雰囲気が
お前には話してもわからんだろう
無駄だろう!ってな感じでした。
墓参りと似非戦争体験者
宗教心のないわたしでも
やはり年何回かは墓参りに行きます。
個人的にはやはりお墓ってのは死んでいる人
のためのものじゃなく生きている人のために
あるもんだと思う・・・
ということで(←なにがかわからんが)
父のお墓参りに行ってきましたので
さっきの記事の続きを書きます。
詳しくは1つ前の記事を
読んでくれ
なくても結構です。(もう一度文をちょっと変えたが書くから)
要するに太平洋(大東亜)戦争を体験して戦争反対
を叫んでいる人は 本当の意味での戦争体験者なのか
を書こうとして
父の話をしかけたら
そういえば秋分の日で お彼岸だと思い出し
墓参りをしてもどってきただけのことでした。
で話はこう
今 戦争反対を声高にさけんでワーワー言っている人
たちの多くがどうやら戦中(中には戦後生まれなのに)である場合
が非常に多い
そりゃー戦争の悲惨さは多くは語れるかもしれない
だけどその当時をしたり顔で話すには
ちょっと反感を覚える
当たり前だ。
戦争中(終戦じゃないよ)に大人だったってのは戦後70年近く経っているわけだから
90歳を過ぎている
15歳としても現在85歳ってわけだ。
まあその人達の批判は置いといて
なぜそんなことを考えるかということは
自分の父と自分自身にあてはめて話すとしよう
私の父は昭和2年10月生まれ
ということは終戦時は17歳ということになる
で死んでからでから10年近くたつ
(続く)
戦争体験していない奴は・・・ 本当の意味での戦争体験者なのか?!
戦争体験していないから・・・
どうのこうのいう人がいる
もちろん声だかに偉そうに言うのは戦争を体験している
でも声高に戦争反対っていう人達
年を聞いたり調べたりすると戦争当時は小学生であったり
することが異常に多い
(中にはそうじゃない戦後生まれもいるのだが・・・)
ところで、今日は秋分の日
そうだ お墓に行かなきゃなって思う
うちの父は昭和2年生まれ
なくなったのは・・・
てこれから・・・ってところで
こんな駄文書いている場合じゃなく
やっぱりお墓に行ってこよう
続きは
後で書きます。

