旅をすると、何もかも凝り固まった概念が外れて壊れて新しい空気が巡り出す。

うまく行けばめくるめく変わる。

デスクワークやら便利で動かない感覚は変えようとしないと淀む。そこを根本から変えなくてはと言う、何らかの運動を起こさないと段々億劫になったり、嫌になってストレスが生じて来やすい。変わらない事はストレスであり、変える事は気まぐれな換気だ。養老孟司先生の言う、バカの壁ではないけれど、行動が苦手な陥りには入力と出力を。身体事冒険プラスさせる運動は力も知恵も付ける。

自由の不自由さもあるんだそうな。

それは休んだ方が善い。何かしようとするからではなかろうか?

不完全燃焼でも良いと思うとストレスなのかな?

わかりたくないそうだ。

わかりきってる割り切り感覚なのかな?

わからないから、割り切れない境地にいてるからこその苦悩を天才しか救えないなとも思う。要は天才の境地だから神事になっていて、天才は悩みを共有出来る場所や人物をオアシスに感じられるのかな?人には天才の境地が必ず存在しているのかもしれない。それが悩みで境地で揉め事や問題なのかな?まだまだ戦争もある国があるこの地球には、悩みはなくならないんだろうか?気休めだけれどと言って引き延ばす理由を私はファンタジーと呼ぶ。『©ファンタジー療法(©イルカくん👮)』になったら善いのにな。誤魔化す練習をしよう。そして研究者をいつまでも続けたいな。目指す大人の皆様に、応援を贈ります。