若いのに死に急ぐことはないだろう
夢だってあっただろう

私と君はさして親しかった訳ではないけれども
幸か不幸かやはりいなくなったと知ると哀しいと感じるものだね
君にとって私がそうたりえたかは今となっては分からない
ただ、君がいなくなってそう感じられるのは、君と出会えたことが私にとって喜ばしいものだったってことだ
それがこんなに短い期間になるとは予想だにしなかったが、君の親御さんや旧友を差し置いて私が言うことでもないだろう
君は楽しい人だから、多くの人にとって喪うには惜しい人間だったんだよ?

葬式なんていうのは今生きてる人間のためのもので旧態依然だとは思っているけど、君に顔を会わせてサヨナラを言わなくちゃいけない

人が死ぬのは人に忘れられた時だ、なんてどこぞの有名漫画にあったがよく言ったものだ


明後日、ちゃんと会いに行くね




申し訳ない、最近Twitterの更新に満足してしまってblogを書いていませんでした(笑)

よかったらフォローしてね
Kotamowiで探したら出てくるよ(笑)


結論から言えば「落ちた」
分かる人には分かるだろう

2年ぶりにこの言葉に向き合う
前もそう、どこか気持ちが上の空だった
このままで自分はいいのだろうかと、他にしたいことはないのかと思い、その時はひたすらにペンを握り走らせるなんてことはまるでしなかった
他の受験生に失礼だよな(笑)

今回も似たようなとこだろう
いつも上の空、みんなと見ているところが違ったのだろう
いや、というよりも見方が違ったという方が正しいのかもしれない
私の視線には自分で言うのも恥ずかしいが熱がなかったように感じる

昔からどこかで力を抜いている節はあった
時として、それを要領が良いと呼んでくれる人もいたが「何かにまっすぐ」という精神は皆無だった
保険がないと考えられない
小賢しい臆病さが常にある

真偽は分からないが、携帯などの充電はバッテリーがからになってからにする方がよいそうだ
60~80%電力がたまってる時にという形で繰り返してやっていくととそれを上限にしか貯まらなくなるなんて話を聞いたことがある
100%貯められるのにそうしない

さて、これからのことだが、未だに白紙である
ただ、残念なことにあまり猶予はない

就職も可能だろう
私は昔描いた自分からどんどん離れていきます
どうだろうか、情けない自分を昔の自分はどう思うだろうか


から、ちょっとだけ書いておこうか

今日は以前中学に行った時にあった現役中学生に下校中だと思われる時にすれ違ったら
「ぁ、チャラ男だ」
と、言われた

私はチャラ男ではない
ただの茶髪のお兄さんである
おじさんではない、お兄さんだ

土曜は成人式のメンツで飲み会に行った
成人式の話をブログでしてないのに成人式のメンバーとの話をする私
ウイスキーの量少なかった、ふくんな
その後スポーツバーに行った
サッカー対オーストラリア戦観たよ、勝ったよ、万歳だね
寒いよ、奈良何もないよ、ふざくんな

日曜は高校の友人に会った
2年ぶりに会った
借りてたCDやっと返した、普段CD愛を語りながらこれかよ、感じ悪ぅ
プレゼントもあげた
上記の詫びと近く迎える誕生日のお祝い
久しぶりに会うと予想以上に彼を取り巻く環境も変わっていて驚いた
私が変わらないだけなのか?
なんとなく陸の孤島にいる気分だね


さぁ、これからどうしたものか