観劇は第3部の以下。
杉酒屋の段
道行恋苧環
鱶七上使の段
姫戻りの段
金殿の段
良かったです。長年、直接観たかった金殿
の段のお三輪いじめの場面を文楽で直接観ることができ、大満足でした。18時から21時までがあっという間でした。
アプリ
義太夫の歌詞兼台詞が表示される字幕アプリがとてもとても役立ちました。知らない間に文楽が進化していました。このアプリがあれば多くの人が大丈夫だと思われます。でもこの便利なアプリのことをまだ知らない人の方が多いのではないでしょうか![]()
終始、漁師と料紙など同音異句が多発
義太夫の床本全体が聞き取れるくらいでないとそんな掛詞はなかなか分からないと思います。何言ってるのかほぼ分からなかったので舞台とスマホで首を上げ下げ
ばかりしていましたが。
でも観たかったいじめの場面に限らず、お陰で結局は妹背山婦女庭訓第3部全体をよく味わうことができました。本当にアプリで字幕が目視確認でき、漢字で読めて、技術の進化に感謝です。
段
私はこの辺の段はパラドクスが描かれていると思いました(私の勝手な解釈ですが)。男のたぶらかしみたいな問題点はちょっと脇へ置いといて。好きな男のために女がどれほど自己犠牲ができるか、みたいな。登場の女2人ともにそれを思いましたが、好きな男のためと分かった時のお三輪が象徴的だったな。
舞台装置も衣装も豪華で場面場面に適していて、良かったです。目の保養にもなりました。
道行恋苧環の様式美はまた別の点からも、感動しました。様式美を作ること自体すごいです。それも人形遣いでもって作ること自体。3体の登場人物の所作が揃う様は本当に壮観でただ壮観であるだけでも、楽しむことができました。お見事でした。型のある古典というのはこういうところも1つの楽しみです。
様式美のことを考えていると三島由紀夫のことを思い出したのですが、三島は歌舞伎珍説弓張月を書いたり能楽から材を取り近代能楽集を著したりしていますが。果たして文楽はどうだったのでしょうか。三島は妹背山婦女庭訓をどう解釈していたのだろうか、三島らしく近代文楽集がもしあったとすればどんなだったか、などなど浮かんできたり。
人形
日本の文楽人形はとても精巧で繊細な表現をし素晴らしいです。決してその逆のものが素晴らしくないと言いたいわけではないのですが。精巧で繊細なところに感じ入りました。
例えばベトナムの水上人形劇はとてもユニークで分かりやすく物語が素朴で人形も荒削りな感じで、でも不思議と格式のようなものを感じるものなのですが。物語性や人物の奥深さならやはり日本の文楽でしょう。
生身の人間が演じるダイナミックで直載的な、ある時には生々しいほどに生き生きとした歌舞伎に比べれば、文楽は人形を通じ、動きに制限があることからもそのためにさらに様式美が迫ってくる感じがしました。
禁じ手
一方で、義太夫の残響がクラシック音楽に向いていそうな残響具合であったのは、やや気になりました。
寝不足だったので眠くなってしまうのではないかなと心配していたのですがコーヒーで対策。奏功しました。そして、この時間帯なのに禁じ手を使ってしまったので眠れるかどうかが、今度は心配になってます![]()


