剣道部門終わり… 

なんて書いていきなり書いてますが

我が家の出来事て事でお許し下さい


キチガイ一家と書きましたが

それまでの生活が一変しました。

週末になれば海や山へ

キャンプに出掛ける家族が

剣道中心になるんですから

180°ですよね💦


さて全国大会に出場

そして道場も移籍

剣道連盟にも加盟していない道場です。

当時は試合なんて全くありませんでした。


そんな中で基本稽古に重きを置いた稽古は

中学生になった時には

メキメキと上達し始めました。


親の欲目を考えても

かなり上達してました。

そしてこの頃の目標は「日本一!」


ま~~~これは夢ですな(笑)


そして頑張ってる子供には

必ず引き上げてくれる人達が存在します。

色んな道場に稽古に行き

色んな先生方と出会って成長する訳ですが

そんな出会いがあり

現在に至ります。


ましてや中学校には剣道部は無い

夫婦で稽古場所を捜して

西へ東へ走り回る毎日

一週間7日ですが

8回9回稽古でした。


そんな様子を見ていた

隣の校区の剣道部の顧問の先生のお陰で

中体連の試合には何とか出れる様になりました。


当時の外部指導の特例が

試合会場までの引率は親でもOK

会場内での監督は教員じゃないとNGでした。


そうです。

何処かの学校の先生が

引き受けてくれないと試合すら出れませんでした。

そんな面倒臭い事を

隣の校区の剣道部先生が

引き受けてくれたんです。


手続きも大変

書類を8枚に署名捺印


その先生は

息子達が頑張ってる姿を見て

力になってくれたそうです。


見る人みてますね。


そして先生方の横の繋がりで

色んな道場へ稽古に連れて行ってもらいました。

先生方も手を差し伸べてくれたんです。


そして人生を左右する先生と出会います。


京都のとある施設で日曜日だけ

色んな道場からトップクラスの選手が集まる

正しく「虎の穴」

そんな言葉が相応しい道場を紹介してくれました。


とにかくこの道場に稽古に来てる

子供達は後にほとんどがインターハイや国体へ

出場してます。


そして虎の穴のI先生


この当時は京都の学校で教鞭をとられてましたが

現在は福井県で教鞭を取られてます。


だいぶん円くなられましたが

今でも怖い存在です。

私がですよ(笑)


当時はインターハイや国体なんて

夢の夢 

京都のこの道場で稽古をさせて頂けるだけで

満足でした。


小学校6年生の終わりから

通う様になった京都での稽古

最初は毎回嘔吐

それを中学生の先輩達が処理してくれます。

そんな状態が1ヶ月ほど続いたかな


今日は頑張ったな

そんな言葉より

今日は吐かなかったな(笑)


私達はそのレベルの差に

毎回穴があれば入りたい!

そんな気持ちで子供達の稽古を見学してました。


でも頑張ってる子供達から

目を背ける事なんてできませんから!


現在に至るまで

ここより厳しい稽古は

未だに見た事がありません。


本当に虎の穴でした。


まだまだこれから続きますが

また長くなりました。

話が逸れ出す前に今回はここまで


えっ!  逸れてるって!?

どんまい


携帯で投稿

誤字脱字もごめんなさい

目が…(笑)



またねぇ~~~(^^♪