正門くんの主演舞台
【ヴィンセント・イン・ブリクストン】
の公演が現在行われています!
そこで、今回の舞台は原作が無かったので…
軽く下調べした内容と、
角川武蔵野ミュージアムで開催されている
「ファン・ゴッホ-僕には世界がこう見える-」
の感想を書いていきたいと思います。
公演を観に行く前に、下調べとゴッホ展には行っていたので、上演前に書き上げられなかったのが、残念です笑
だいぶ遅くなってしまいました、、、。
※舞台のネタバレは含んでおりません。
それでは、少しでも正門くんが演じるゴッホさんについて調べ、私なりに解釈していきたいと思います。
(偉人にさん付けってどうなんでしょうね笑)
まずは、調べられる限りの基本情報を。
※サイトを参照しております。
フルネームは、
フィンセント・ファン・ゴッホ。
オランダの画家さん。
1853年〜1890年と、ゴッホの生涯は
わずか、37年。
※ちょうど日本では、江戸時代から明治時代になった大きい変化を遂げている時期。
そして、ゴッホはその37年間のうち
画家としては約10年活動していたとか。
今の私に置き換えて考えると、あっという間
だなという印象を受けます。
ゴッホは、1853年3月30日生まれ。
弟2人と妹3人の長男で、6人兄弟。
特に、弟テオはゴッホとの関係が深く、ゴッホを調べるとテオの事が。
ゴッホ展でもテオの事が取り上げられており、ゴッホを語る上で、切り離せない存在だということが伺えます。
今回の舞台お話は、20歳のゴッホのお話。
(公式ページから参照。)
1873年20歳のゴッホは、4年間居たグーピル商会ハーグ支店からロンドン支店に異動になります。
そうです。
この頃のゴッホは画商をしていました。
そして、ゴッホは下宿先の女性
「ウジェニー・ロワイエ」という女性に
恋をしていたみたいです。
きっと、ここが今回のお話の主軸となる部分ですね。
このあとのゴッホについては、ざっくりと。
グーピル商会のパリ支店へ転勤しますが、解雇。
その後、1876年23歳のゴッホは、、、
イギリスの寄宿学校で、語学教師になります。
(語学教師は後に、神の道に行くためと考えて、やっていたみたいです。)
色々経たゴッホは、神の道を目指します。
ところが、断念。
心底落ち込んだゴッホは、"絵を描くこと"を
心の拠り所に。
1880年27歳にして、ゴッホは画家になることを志します。
しかし、ゴッホは画家になったあとも、
波乱に満ちています。
ゴッホが亡くなった半年後、弟テオも後を追うように亡くなりました。
短い生涯の中でも、"狂気の画家"と呼ばれるような、目まぐるしい一生を送っているように思います。
そして、今回。
舞台の予習もかねて、ゴッホ展に行ってきました!素人感想ですが、書いていきたいと思います。
展示の構成としては、、、
映像で見るゴッホの作品
ゴッホの補足情報共に連なっている年表
そして写真を撮れる写真スポットでした!
(ゴッホさんとちびぬいちゃんと私のスリーショット、撮って頂いたの嬉しかったです!)
静止の絵画を映像として楽しむことが出来たのが、新たな発見でした!
また説明の音声もついていたので、なるほど!
とより解釈を深められた気がします。
まず、初期のゴッホの作品は、質素なイメージでした。農民を題材にしていて、身近なものを描いている気がします。
そこから、だんだん鮮やかになっています。
線のタッチも初期はしっかりしているのに比べて、ふわっとしている感じがしました。
星月夜、、、ローヌ川の星月夜も素敵でした。
この絵を見て、正門くんって月のような方だな〜ってなんとなく思ったのを思い出しました…。
暗い夜空で圧倒的な存在感がありながらも、どこか謙虚に輝いている感じとか。
そして、印象的だった
テオへの手紙とゴッホの自画像。
画面にはいっぱいのテオへ宛てられた手紙が
流されていて、ゴッホはテオをすごく頼りに
していて、大好きだったんだなって思いました。
ゴッホの自画像。
一見、普通の自画像にも見えるのですが、
目に寄る場面があって、ゴッホの色んな複雑な
思いを感じてしまい、なんとも言えない気持ち
になりました…。
映像の最後には、ゴッホが使っていた
パレットが。
色んな色が作り出されていて。
こう、自由に自分が思う色で(たまに違うなって色が出来てしまうこともあると思うのですが)作られているゴッホの世界、ゴッホの一生がここから少しだけ見れたのではないかなと。
初めて、ゴッホの絵画をまじまじと見たんですが、見終わったあとにすごくずっしり来るものがありました…。
今回はここらへんにしたいと思います。
ゴッホさんってこういう人なんや〜とか
ヴィンセント・イン・ブリクストンを観劇前後の方に少しでも参考になりますように。