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北京オリンピック開幕♪ <北京五輪>8日夜開会式~一つの夢ともに~
本日、8月8日(金)、第29回夏季オリンピック大会開幕です!
以下はhttp://beijing.yahoo.co.jp/
から抜粋
「同一個世界 同一個夢想」(一つの世界 一つの夢)をテーマに第29回夏季オリンピック大会が8日夜、開幕する。午後8時(日本時間午後9時)から、北京市の国家体育場(愛称・鳥の巣)で開会式が始まり、日本選手団の入場行進は午後9時半前後になる見通し。
中国では、8は財を成すことを意味する「発財」の「発」と発音が似ていることから、縁起のいい数字とされる。開幕に先立ち、国家体育場では午後5時45分から28種類のパフォーマンスが繰り広げられる。
開会式では、英国のソプラノ歌手、サラ・ブライトマンさんと中国人歌手の劉歓さんが、未公表の五輪テーマソング「夢」を歌う。
午後9時10分過ぎから、五輪発祥の国・ギリシャを先頭に入場行進が始まる。その後は漢字(簡体字)表記の1文字目の画数が少ない順に行進が続く。国家体育場に加え、市内各地で計約3万発の花火が打ち上げられ、祭典ムードを盛り上げる。
◎北島、柴田亜らが前日練習=競泳
【北京8日時事】北京五輪の競泳日本代表は8日朝、会場の国家水泳センターで開幕前日の練習を行い、女子自由形の柴田亜衣(チームアリーナ)らが各国選手でにぎわうプールで泳ぎをチェックした。
男子平泳ぎで2種目連覇を狙う北島康介(日本コカ・コーラ)は9時半ごろ会場に着き、サブプールの周辺で体を動かした後、泳ぎ始めた。北島は9日の100メートル予選が最初の出番となる。
会場では北島のライバル、ブレンダン・ハンセン、男子背泳ぎのアテネ五輪王者アーロン・ピアソル(ともに米国)や、女子平泳ぎの優勝候補リーゼル・ジョーンズ(オーストラリア)、男子自由形の新星、朴泰桓(韓国)らも各自のペースで練習。開幕直前のムードが高まってきた。
◎北島 康介 (きたじま こうすけ)
男子平泳ぎの第一人者。北京五輪で最も金メダルの期待がかかる。今年6月の競泳ジャパンオープンでは、スピード社の水着「レーザー・レーサー」を着て臨んだ200メートル決勝で、従来の記録を1秒近く縮める2分7秒51という驚異的な世界新記録を樹立した。ただ、このレースの前後に着用していたTシャツに書かれた「泳ぐのは僕だ」というメッセージに込められていたように、記録は水着ではなく北島の実力が出したもの。北京ではメダルはもちろん、記録更新も期待される。2004年アテネ五輪100メートル、200メートル金メダル、メドレーリレー銅メダル。金メダル獲得直後のコメント「超気持ちいい」は流行語にもなった。世界選手権では2003年100メートル、2003年と2007年200メートル1位。
出場競技日程
・8月 9日 19:30 競泳男子100m平泳ぎ予選
・8月10日 19:30 競泳男子400mリレー予選
・8月12日 19:30 競泳男子200m平泳ぎ予選
19:30 競泳男子800mリレー予選
・8月15日 19:30 競泳男子400mメドレーリレー予選
ここ、荒川区では、北島 康介選手を応援する声が広がっております♪
ご実家はお肉屋さん
店名 北島商店 (キタジマショウテン)
ジャンル デリカテッセン、その他、サンドイッチ
TEL 03-3806-1137
住所 東京都荒川区西日暮里1-41-3
営業時間 9:00~19:00
定休日 日曜・祝日
設備・サービス ランチ営業
◆北島 康介選手の紹介◆
康介少年は東京都荒川区西日暮里で精肉店・北島商店を営む北島富士男さん(58)の二人兄弟の長男として、1982(昭和38)年9月22日に生まれました。5才から東京スイミングセンター(初心者幼児クラス)で水泳を始めるほどに、水泳が好きだったことから、小学校は荒川区内ではなくて、お隣の文京区の千駄木小学校に入学しました。当時の千駄木小学校には立派なプールが有り、水泳教育に熱心だったことをご両親が知っておられたものと思われます。そして、結果的にはこの千駄木小学校に入学したことが彼にとって幸運でした。
千駄木小学校で水泳部に入って水泳を本格的にはじめ、都内の水泳大会で優勝したことは有りましたが、10才-ジュニアオリンピック 50m平泳ぎで優勝した程度で、特に注目を浴びるほどの存在ではなかったようですが、彼にとって幸運だったのは、1年の時に所属していた東京スイミングセンターのコーチ、平井伯昌氏に指導を受けたことでした。平井伯昌氏は、後に北島康介選手の専属コーチになって彼を育てあげた、いわば北島康介選手にとって恩人に当たる人ですが、その平井コーチは物静かに黙々と泳ぐ康介少年の泳ぎを見て、あまりにも体が固かったので水泳選手として大成するのは無理だろうと思ったそうです。
康介少年の人生観をガラリと変えてしまうような出来事が起こりました。千駄木小学校5年の時にあるテレビ映像をみて感動しました。それは、1992年(平4)のバルセロナオリンピックで まだ14歳の中学生だった岩崎恭子さんが、女子200m平泳ぎで金メダルに輝いて、「今まで生きてきた中で、一番幸せです」と晴れ晴れしくインタビューに答えていたシーンでした。彼はこれを見て将来自分もオリンピックに出たいと思うようになり、将来水泳の道に進むことを決意し、人生の転機を経験したのでした。そして、千駄木小学校を卒業する時、「大きな夢。それは速くなって、日本の代表選手に選ばれて、オリンピックに出ることだ」と文集に書いていることからもその決意のほどが窺われます。
こうして、千駄木小学校を卒業して、千駄木小学校に近い同じ文京区内の文林中学に進学してから、再び平井伯昌氏の指導を受けることで大きな転機をむかえました。中学生の康介少年に再会した平井伯昌氏は、体が固いことは小学生の時と変わらなかったのに、目つきが鋭くなる時が有るのを見て、「康介は行くなー。オリンピック選手になるな」と思ったそうです。文林中学3年生の時、平井コーチから本格的に指導を受けて全国中学校選抜大会で100m及び200m平泳ぎを制して頭角を現し、平井コーチの期待に応えました。
そして、高校は、ラグビーで有名な都立本郷高校に進学し、高校1年の時にインターハイ優勝し、その名を全国に知られるようになりましたが、彼が名実ともに日本水泳界の第一人者になったのは、本郷高校3年の時に日本選手権に出場してからのことでした。
本郷高校3年の2000年4月の日本選手権に出場し、100m平泳ぎで1分1秒41の日本新記録で優勝、200mではそれまでの自己ベストを5秒近く縮める2分13秒47の記録をマークして一躍全国区のスター選手になり、その年のシドニー・オリンピックに高校3年生で出場し、メダル獲得にまでは至らなかったものの、 100m平泳ぎ準決勝で1分1秒31の日本新記録を樹立し、男子競泳の日本選手では最高位の4位入賞し、世界にアピールしました。
北島選手にとって、オリンピック出場は小学校5年時、4歳年上の中学2年生だった岩崎恭子さんが金メダルを獲ったことに感動して以来の念願だっただけに嬉しかったことと思います。日体大に進学後の2001年4月の日本選手権で、50m、100mで日本新記録で優勝。更に200mでも優勝して3冠を達成し、世界選手権出場を決めて、名実ともに国内第一人者になりました。
2001年は、東アジア大会で100m、200mで優勝、100mで世界選手権(福岡)で4位 、日本選手権、パンパシフィック大会(横浜)で日本新記録、大会新記録などを連発して優勝し着実に記録を伸ばしていきました。そして、北島選手をして、「世界の北島」にしたのは2003年のバルセロナで開かれた第10回世界選手権大会でした。ここで彼は、100mで 59秒78 、200mで2分09秒42 のともに世界新記録で優勝したのです。
このように順風満帆のもと、アテネ五輪に備えて着々と準備していた北島選手に嫌な出来事が2件起こりました。北島選手が今年6月、欧州GPローマ大会に参加したものの、100m、3位 200m2位と破れたことに加え、最大のライバルと言われた米国のブレンダン・ハンセン(22)が、100mで、北島選手の持つそれまでそ世界新記録59秒78を、0秒48上まわる59秒30の世界新記録を出し、さらに 200mでも、北島選手の持つそれまでそ世界新記録2分9秒42を、0秒38上まわる2分9秒04の世界新記録を出したのです。
このことに危機感を抱いた北島選手の専属コーチ平井伯昌氏は「現状では200mに絞らざるを得ない。今やっていることが間違いじゃないかと反省しないとだめだ」と危機感を示し、昨年正式に発足した「チーム北島」のスタッフを総動員して対策に着手しました。平井伯昌氏は、北島選手が中学2年の時、その荒削りながら天性のスピードを見抜き彼をトップアスリートにするために、この「チーム北島」の構想を考え、その道のプロに声をかけて北島選手の強化に乗り出したのでした。
まず、日本水泳連盟で競泳委員の河合正治氏に北島選手の水中映像の解析を依頼しました。河合氏は 97年に北島選手が中学3年で全国大会で初優勝した時、水を1回かく動きに速度が止まる時間が0秒16もあったのに対して世界のトップ選手は0秒05前後有ることから100mで水を50回かくとしたら、北島と世界のトップ選手との差は5秒以上にもなることを見抜いて、北島選手は平泳ぎは不向きと進言したのでした。そして、停止時間を減らすために足を引く動きを小さくして速くするようにアドバイスしたところ、翌年の高校総体では1分3秒00で優勝し1分5秒57から大幅にタイムを縮め1かき0秒16あった停止時間は0秒12になったことを見届けた河合氏は北島選手の課題を克服する能力の高さに驚嘆して前言を撤回するとともに「チーム北島」の一員に加わったのでした。
次に、平井コーチは教え子の国立スポーツ科学センター指導員の岩原文彦氏の声をかけました。彼は、運動生理学の立場から北島選手の体調やトレーニング全般を管理し、更にレースをビデオで撮影、分析することを担当しました。今年4月の五輪代表選考会で北島選手が200mで2分14秒台で低迷していた時、岩原氏は、この日と2年前の映像を見比べ、2前にはキックの後、体が一直線に伸びてから、水をかき始める理想形だったことを北島選手にアドバイスしたところ、次の決勝では2分10秒70の好タイムを出して見事に矯正したのでした。
次に、平井コーチは国立スポーツ科学センターの指導員で、筋力トレーニングの第一人者の田村尚之氏に筋力トレーニングのメニューを作ってもらい、これを北島選手に実行させることで、北島選手の筋力は大幅にアップしたのでした。
競泳の名門、東京・日大豊山高から日大でバタフライ選手として活躍した経験を持つ異色の指圧師の小沢邦彦氏に声をかけて、北島選手のトレーナーになるよう依頼したのでした。彼は、昨夏の世界水泳選手権(バルセロナ)の直前に北島選手の体が黄信号を発しているのに気づき、針治療を施すことで、疲れや張りが抜け、北島選手が世界新記録を樹立する影の功労者になったのでした。
北島選手の大活躍は、彼が持つ天性の素質とその素質を最大限に発揮させるための専門家集団のサポートのまさに二人三脚によるもので、その専門家集団「チーム北島」の存在が大きくクローズアップされるようになりました。この「チーム北島」については、最近(「北島康介」プロジェクト:長田渚左著 文芸春秋 1400円)と言う本が発行され人気を集めております。そして、「チーム北島」には、北島選手以外に中村礼子選手などが参加しており、体操日本の復活と同様に水泳日本の時代がくるのも夢ではないように思います。
北島選手は、勝利インタビューで必ず「この勝利は声援してくださるみなさんとスタッフのお陰です」と言いますが、実はカメラに写らないところで1人で号泣しているそうです。恐らく、自分を日頃支えてくれた「チーム北島」などのスタッフの労苦に報いることが出来たことへの喜びがこみ上げてきたことと思います。北島選手には次の北京に向け、ハンセンの持つ世界新記録を破るために、「チーム北島」のサポートを受けて再スタートすることを、また名伯楽、平井コーチには、第二、第三の北島康介を生み出すこと期待したいと思います。
ガンバレ!北島選手!!アディ スタッフ (^_-)