【仮面ライダー刃 ~Masked Rider JING~】
~第壱章~ love me, I love you
…あ~あ、朝が来ちゃった。
ベッドから起き上がるというたったこれだけの行為が、何故早朝ではこんなにも辛いことなのだろう。よりによって今日は魔の月曜日。また長い長い地獄の一週間、アタシは今まさにそのスタートラインへと足を踏む入れてしまったのである。
アタシの名前は土居 千砂(どい ちずな)。現在、ぴっちぴちの高校2年生である。
「う~、時間よ…止まれ!」
と、叫んでみる。
人間とは前日にしっかりと睡眠を取っていなければ次の日…眠い。とにかく眠い。かといって寝過ぎてもこれまたしんどい。何故こうなのだろう。神様はなぜ人間の体に何日分もの睡眠を蓄えておけるよう創造してくださらなかったのか。これはアタシたち人類にとって永遠の謎である。
…少々、大袈裟過ぎたかもしれない。
「…だりぃ~…」
女の子とは不便である。なぜならば朝にやらなければならないことがなにかと多いのだ。メイクもそうなのだが、アタシの場合は朝起きると必ずといっていいほどに髪の毛がぼさぼさなのだ。
なんなんだ!アタシに何か文句でもあんのかー!と、叫びたくなってしまう。だから鏡の中の自分を見るのが嫌いだ。まぁ、髪の毛が乱れてなければ、言うまでも無く大好きなんだけれど。…何よ?何か文句あんの?
「ショートにしようかな、楽だし。輝も短いしな~」
美頼 輝(みらい ひかる)。アタシの幼馴染みの女の子で、女のアタシが言うのもなんだけどめちゃくちゃ可愛いんだ~コレが。
7歳の時、アタシはこの町に引っ越してきた。その時たまたま近所の家に住んでいたのが輝だったのである。
10年前(1996年)
「輝?ほら、千砂ちゃんよ。ご挨拶は?」
「…こんにちは…」
一人の少女が母親と手を繋ぎ、ある一戸建ての家の前で立っていた。玄関には千砂が微笑みながら母親と共に立っている。
「こんにちは」
千砂は満面の笑みを浮かべて言った。
「ねえねえ?一緒に遊ぼ、輝ちゃん」
千砂は輝に向かってゆっくりと手を差し伸べる。
「ほら、行こうよ」
「…うん」
それを見て、輝も怖ず怖ずとではあるが千砂の前に手を差し出した。とっても小さな可愛い手。千砂は輝の手を引き、そのまま無邪気に駆け出した。
しかし間も無くして千砂は急に立ち止まる。
「…どうしたの?」
輝の問いに千砂は苦笑して恥ずかしそうに頭を掻いた。
「アタシ、昨日引っ越してきたばっかりだから、道、知らないんだった」
輝は千砂の思い掛け無い言葉に思わず吹き出す。
「あっ!初めて笑ってくれたね」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
二人の少女は互いに手を繋ぎ、楽しそうに走っていった。
アタシたちは同い年ということもあり、すぐに友達となった。その時から何をするにあたっても、いつも傍には輝がいた。美人で、清楚で、思いやりがあって、心の優しい輝がいた。今時なかなかいないよあんな娘は。アタシとはまるで正反対…って、ほっとけってーの!
えっと…何の話だっけ?あっそうそう、髪の毛の話だ。ショートにしようか。でも、そしたらこの髪止めが使えなくなってしまう。
この黄色の髪止めはアタシの誕生日に輝がプレゼントしてくれたものだ。アタシは早くこの髪止めを使いたくて短かかった髪に無理やり括り付けたこともあった。
7年前(1999年)
電気が消えた部屋の中、明かりは生クリームたっぷりのショートケーキの上に立つ10本の蝋燭の炎だけ。千砂はその炎を勢い良く全て吹き消した。部屋中が真っ暗になり拍手だけが辺りに鳴り響く。暫くして部屋の電気が点くと、千砂の両親、そして輝がお決まりの言葉を口にした。
「お誕生日おめでと~」
「ありがと~」
「はい、千砂」
輝は手にしたプレゼントを千砂に手渡した。
「うわ~、ありがとう輝」
千砂は早速に箱を開け、中から出てきた黄色の髪止めを短い髪に無理やり着けようとする。輝はその光景を楽しそうに眺めていた。
「それにしても千砂の誕生日が12月24日のクリスマス・イヴなんて、なんていうか…」
輝は吹き出しながら静かに呟いた。
「何よ?似合わないって言うの?」
髪止めを着けることに悪戦苦闘しながら千砂は頬を風船のように膨らませる。どうやら全て筒抜けだったようだ。
「えっ?いや、そういうんじゃなくて…」
輝は慌てて弁解しようとしたが、目の前にはすでに怒りに満ちた千砂の顔が迫っていた。
「じゃあどういう意味よ?」
「…ごめん」
「やっぱ思ってんじゃん!」
「いや、そんなに思ってないよ。ちょっとだけ…」
「なんじゃそりゃ」
12月24日、クリスマスの宵祭。土居家の部屋中が彼女たちの笑顔と笑い声で満ち溢れていた。
「その点、輝は良いよね~、誕生日が雛祭りで。イメージにぴったりだもん」
「えっ?」
口の周りに生クリームをたっぷり付け、千砂は輝の方を見た。輝はその瞬間、表情が固まった。
「…うん」
今までの笑顔が嘘のようにとても悲しそうな表情になる。
「でも輝ってさ、自分の誕生日会しないよね?なんで?」
「千砂、あのね」
千砂の両親は黙ったまま部屋を出て行く。暫くして、輝は静かに口を開いた。
「…本当の誕生日じゃないの」
「へっ?」
「3月3日って、私の誕生日じゃないんだよ」
千砂は自分の耳を疑った。輝が今いったい何を言っているのか、千砂には理解できなかった。
「何言ってんの、3月3日でしょ?輝の誕生日」
「私ね…記憶喪失なんだ…」
千砂は輝が何かのドラマの話でもしているのかと思った。
「今のお母さんも本当のお母さんじゃなくて…3月3日は私がお母さんに拾われた日なの」
小説のように、ある有名な作家によって作り出されたフィクションの世界。その一場面を聞いているかのようであった。
「今まで黙ってて…ごめんね」
しかしその物語の主人公は輝自身であり、そしてこれはテレビドラマなどといった空想上の物語などでは決してない。現実の話なのである。
10歳の千砂にとってはあまりにも衝撃的な事実であり、暫くの間千砂はそのまま黙り込んでいた。
「…じゃあさ」
しかし、この長い沈黙を破ったのは千砂本人だった。
「じゃあ思い出すまでアタシと同じ日にしない?誕生日会」
「えっ?」
輝は千砂の意外な言葉に驚いた。
「その方がアタシも楽しいし、嬉しいし、…なんていうかさ、輝のほうが似合わない?クリスマス・イヴに誕生日会っての。…ちょっと悔しいけどさ」
千砂は苦笑しながら、皿の上に残ったケーキを一気に口の中へと放り込んだ。
「千砂…」
千砂の少し不器用な優しさに、輝は改めて彼女の友達で良かったと心からそう思えた。輝の目にだんだんと熱いものが込み上げてくる。
「あ~ほら、泣かない泣かない!こんなめでたい日に泣くもんじゃないって。今日はアタシと、輝の誕生日会でしょ?」
「…ありがとう」
輝は零れ落ちる涙を拭いながら、今にも消え入りそうな震えた声で囁いた。どんな有名な名画にも優るとびきりの笑顔を浮かべて。
それからだ、この髪型なのは。あれからもう7年も経つ。月日が経つのは早いものである。…アタシ、爺くさいな~…。まだ17歳なのに…。
…やっぱり、ショートは諦めるか。
「いってきま~っす」
さ~ってと、そろそろ我が学び舎に行くとしますか…って、あ~、またやってるよ…。
「それじゃあ行ってくるよ、千鶴」
「いってらっしゃい、悠斗さん」
いい年して玄関先でキスとかしちゃってるお馬鹿さんが約2名。
これがアタシのパパとママ、土居 悠斗(どい ゆうと)と土居 千鶴(どい ちづる)。
「あのね~…そんなこと普通、娘の前でする?それと、互いを名前で呼び合うなー!」
「いいじゃないか、堅いこと言うな」
アタシのパパは眼鏡をかけていて背が高く格好良い。世間一般に言うイケメンなのだ。年齢さえ黙っていれば若い娘を連れて歩こうが全くおかしくない。
アタシも「大人になったらお父さんと結婚するー!」とか言ってた可愛い時期もあったけどね。今となっちゃ昔のこと。こんなこと言ったら、パパすっごく悲しむかもしれないな~。
みっ、見たい!パパの悲しむ顔!
なんだかんだ言ってパパって楽しそうにしてる顔しか見たことない。この人に「悲しい」という言葉は存在しないのだろうか。…まさか、悲しまない体質だとか?「そうなのか、パパは別に構わないよ」と一言、笑顔で返ってきそうだ。…急に恐くなってきた。
「そうよ。たまには、ね~?」
ママも負けじと美人。家事全般を完璧にこなし、とても優しくて本当に言うこと無しである。
なんなんだこの夫婦…よくよく考えるとパーフェクトじゃん!
「たまにはだ~?どこらへんがたまになのよ!毎日やってて、よくそんなことが言えるわね」
「そう、かっかするな。朝からそんなにテンションが高いと今日一日もたないぞ?」
「そうそう、悠斗さんの言うとおりよ千砂?」
…まだ言うか…。
「…あ~、はいはい、もう何も言いません。パパの言うとおり。ほんと、今の時点ですっごい疲れた…」
「ほら言わんこっちゃない。親の言うことはちゃんと聞かなきゃな」
「分かった分かった…はぁ~。じゃあね、いってきます…」
「あっ、千砂。ちゃんと御守は持った?」
ママは突然大きく手を振り、アタシを呼び止める。
「あ、忘れた」
「駄目じゃない!」
ママは近所中に聞こえるほどの大声で怒鳴った。先ほどまでの笑顔が嘘のような剣幕だ。
「いいじゃんいいじゃん。持ってても持ってなくても変わんないって、あんな御守なんか」
「駄目!」
「でもさ、もう家出なきゃ…」
「いいから持っておきなさい!」
「は、はい…」
「御守」のことになるとママはとても怖い。御守というのは小さい頃からずっと持たされている巾着のことなのだが、いったい何の御守なのかは未だに知らない。とりあえず御守とだけいつも聞かされていた。
何のための御守なのか、訳も分からずに持っていて役に立つのかは疑問である。
「おいおい千鶴、そんなに怖い顔してるとまたしわが増えるぞ」
「…また?」
ママの目がぎょろりとパパを睨み付ける。その恐ろしい視線にパパの体がびくっと動いた。
「いっ、いや何でもない!いってきま~っす」
「はやっ!」
パパはそのまま物凄い速さで走り去ってしまったのだった。
「やばい!あいつらに付き合ってしまったおかげでこっちは遅刻だよ!仕方ない、近道近道~っと」
交通整備がされてない細い路地。この辺の住人くらいしか利用せず、普段はまったく人気の無い静かな道。
アタシが突き当たりの角を曲がろうとした時、突然アタシの前を勢い良く風が通り抜けたように感じた。その直後何かに思いっきりぶち当たり、アタシの身体は大きく後ろへと飛ばされた。そしてそのままの勢いで尻餅をつく。
「あたたたた~…おしり打った~…しかも思いっ切り…」
「君!大丈夫?」
アタシがお尻を擦っていると突然頭の上から声がした。男、しかもまだ若い青年の声が。
「ごめん。こんな裏道、普段滅多に人が通ってないから…。大丈夫?怪我は無い?」
「まったく!ちゃんと前見て走ってくんないと危ないじゃ…」
アタシが顔を上げると、そこには絵に描いたような美青年がアタシに向かって手を差し伸べていた。
「立てるかい?」
「あ…」
か…かっこいい~…。
こんなにも格好良い男がまだこの東京に生存していたとは。日本もまだまだ捨てたもんじゃない。
…あれ?この制服…。
アタシは彼の着ている制服に見覚えがあった。それもそのはず。だって彼の制服は…。
「ど、どうも」
「…本当に大丈夫?顔、赤いけど…」
あ、アタシってば、なんて分かりやすい女なんだ!
「だ、大丈夫!あ、あの…ありがとう」
「どういたしまして」
…笑顔まで素敵~…。
結局あれから緊張して一言も話せなかった。名前すらも聞けなかった。
あ~…駄目だな、アタシ…。
「…ずな」
それにしても…本当に凄い格好良かったな~…。
「…ずなってば」
どのクラスの人なんだろ?でもあんな人、学校で見たことなかったけど…。
「ち~ず~な~」
「え?」
ここは飯泉高等学校、C組のアタシの席。気が付いたら目の前に困った表情をした輝の顔と、ゆっくりと左右に振られる輝の手のひらがあった。さっきからずっと声をかけてくれていたみたいだ。
「ねえ千砂、どうしたの?ぼ~っとしちゃって。今日、おかしいよ?」
「あ…ううん、なんでもないって」
「大丈夫なの?朝、会わなかったし…」
「あ~ごめんごめん、今日両親のせいで遅刻寸前でさ…悠斗だの千鶴だの、またお互い名前で呼びあってやがんの…」
アタシは教室中に響き渡るくらいの大きな溜め息を吐いた。
「相変わらずだね」
輝はそれを見て、くすっと可愛らしく笑う。
「千砂のおじさんとおばさんが仲良いところを見てると本当に落ち着くよ」
「え~、そう?」
「うん。なんだか、もっと…前から…」
その言葉の後、一瞬だけ、ほんとに一瞬だけだけど輝の表情が曇った…ように見えた。
「…輝?」
「…え?あ、ごめん」
「どうしたの?」
「う、ううん。何でもないよ、アハハ…」
その動作は、明らかにぎこちない。
「ちょっとちょっとー!あんたのほうが大丈夫じゃないんじゃないの?」
アタシは笑いながら輝をからかった。しかし輝はとても暗い表情で…。
「ごめんね、心配しに来たほうが心配されちゃうなんて…私、本当に駄目だね」
おいおい、何を言い出すんだコイツは…。
「何言ってんの、輝は十分良いやつだって。輝みたいな良い子はなかなかいないよ?」
と言うより良いやつ過ぎる…やっぱ輝には敵わないや…。
「アタシなら全然大丈夫だからさ」
「…ほんと?」
「ほんとだって!ほら、この通り!ぴんぴん!」
アタシは腕を大きく上下して見せた。
「ふふ…やっぱりおかしいよ、今日の千砂」
輝はそれを見て、くすくすと笑った。
「そ、そう?」
さすがにこれはちょいと不自然すぎたか…。
その時、校舎中に2時間目の予鈴が鳴り響く。
「あ、じゃあね、無茶しちゃ駄目だよ?」
「分かってるって」
輝は笑顔で手を振りながら教室を出て行った。輝はアタシとは違ってA組なのだ。なにせあの性格だから、予鈴の時点で自分の教室に戻るという真面目っぷりだ。
「ねえねえ、千砂、知ってる?」
突然、アタシに話しかけてきたこの女、本願寺 聖美(ほんがんじ さとみ)は学校内一の情報通という異名を持っている、らしい。自称である。
「何のこと?」
「もう、千砂ったら…相変わらず遅れてるわね。今の話題といったらB組の転校生しかないでしょ?」
「へ~、転校生ね~…って、転校生ー!」
アタシの大声に聖美はびくつき、教室中の生徒という生徒がアタシのほうを振り向いた。
まさか!
「…もしかしてその人って、すっ…ごく格好良いんじゃないの?」
「そ、そうだけど…なんだ、やっぱり知ってるの?」
彼がこの学校の転校生…これは「運命」?
そうに違いない。それ以外にこんな偶然あり得るだろうか。
これで二人が結ばれないわけがある?否、無い!
アタシは机の下で小さくガッツポーズをとった。
「ねえ、千砂?…ねえ、ちょっと!」
早速、休み時間に挨拶しにいかなければいけない。
「ねえったら!」
「うん、ありがとう聖美!あんたには感謝するわ!」
「え…あ、どういたしまして…?」
あ~早く休み時間にならないかな~、楽しみ~。
「…いったい、何なの…?」
聖美は呆気に取られ暫くの間、開いた口が塞がらなかった。
アタシは授業終了のチャイムが鳴るや否や椅子を蹴飛ばして立ち上がると、自分でも信じられないほどの足の速さで教室を出て行った。
「お、おい!まだ授業は終わって…何なんだアイツは?」
「千砂、何処行ったのかな?」
「どうせ風間(かざま)くんのところじゃない?行っても無駄なのにね。この学校に何人の女子がいるか分かってないのかしら?」
後ろの方で生徒の何人かのざわめきと先生の声が聞こえた気がした。しかしそんなことを気になどしていられない。
なんていったってこれは「運命」なのだから。
アタシはB組の教室から先生が出てきたことを確認し、扉の前に立った。
いよいよ、そう、いよいよだ。運命の再開。ん~、感動的!…と言ってもさっき会ったばかりなんだけど…あ、聖美に彼の名前聞くの忘れた…まいっか。
深呼吸をし、息を整え、いよいよアタシが扉を開けようとした、その時。
「な、なんだ?ちょ、ちょっとまっ…うわわ!」
ドアの前に立っていたアタシの身体は後から押し寄せてきた数十名の女子たちによって軽々と弾き出されてしまった。その女子たちは例の転校生を見つけるとハイエナのように素早く周りを取り囲み、彼に集り出す。
「ねえねえ、風間くんは今彼女いるの?」
「風間く~ん」
「きゃ~!今、私のほう見たよ~」
「違うわよ!私を見たんだって!」
駄目だこりゃ…全然近づけない…。
B組の教室中が女という女で埋め尽くされている。こんな光景は滅多に見られるものではないだろう。
…仕方ない、次の休み時間だ。それしかない。今度はもっと早く入らなきゃ、よしっ!
アタシは気合いを入れ直し、自分のクラスへと戻っていった。
アタシは椅子から腰を浮かしチャイムが鳴るのを待つ。
時計の針が終わりの時間を示す直前、アタシは教室を飛び出していた。
「ちょ、ちょっと土居さん?」
「千砂、まただよ」
「あいつも懲りないね~…学習能力無いのかアイツは…」
アタシが廊下を全力疾走していると、向こうの方からこっちに向かってのんびりと歩いてくる女子の姿が見えた。
輝だ。
「…あれ、千砂?どうしたの、そんなに急いで?まだ昼休みじゃないよ?」
「分かってるっつうの!詳しくは後で話すから!今、急いでんの!」
…ん?待てよ。
アタシはその場に立ち止まり、輝を呼び止めた。
「ねえ、輝?」
「ん、何?急いでるんでしょ?」
「今はそんなこと良いから!それより、何でそんな普通に廊下歩いてんの?さっきチャイム鳴ったばっかじゃん」
「あ~、さっきの授業ね、普通より少しだけ早く終わったの」
…と、いうことは…。
「だからジュースでも買いに行こうと思って、千砂もジュース?」
アタシはゆっくりと廊下の先の角を曲がった。その先には…。
「そんなに急がなくてもイチゴミルクは売り切れないよ、それに自動販売機こっちじゃないし」
…やっぱり。
そこにはすでに大量の女子たちが群がっていた。これでは、彼の姿どころか教室を確認することさえできない。振り返ると輝が不思議そうに首を傾げてアタシを見ていた。
はぁ~…こりゃ無理だな。諦めるか…。
「ねえ、どうしたの?ジュースじゃなかった?」
アタシは輝に説明する気にもなれず、自分の教室に戻ることにした。