「ふしぎなキリスト教」という本を読んだ。読んだといってもオーディオブックで通勤時に聞いていたのだが、非常に面白かった。自分の両親はクリスチャンで、自分も子供のころは毎週日曜学校に行っていたという話は、以前このブログでも書いたと思いますが、キリスト教には理解が難しいことが多く、学生のころに牧師先生にいろいろ質問もしたのだが、結局自分はクリスチャンにはならなかった。今回読んだ「ふしぎなキリスト教」という本は自分がキリスト教に対して抱いていた疑問が自分だけのものではなく、一般的というか他の人も同様の疑問を持っているということが分って非常に興味深かった。ただ、この本を読んでもいくつかの疑問がまだ解決された訳ではなく、これからも解決されないのかもしれない。昔、牧師先生に私がいろいろ質問をしている中で、’信じてからわかるということもある’ということを言われたのが非常に印象的だったが、批判的な意味ではなく、そういうこともあるのかなと思う。自分がキリスト教に対して抱いている疑問は例えば下記のような感じだ。他にもいろいろあるが、とりあえず今回は代表的な疑問を挙げてみたいと思う。
【疑問1】
神は全知全能であるから人の運命は生まれた時から決まって
いるのか。(予定説)それとも、神でも自分が将来どうなる
のか分からないのか。全知全能の神に分からないことがある
はずがないのでは?
(補足)この疑問に対する牧師先生の答えは、神は人間に自
由意志を与えたということだった。(神も人間の将
来を完全に分かっている訳ではない。)ではなぜ神
は自由意志なんかを持った人間を作ったのか?これ
に関してはどういう回答だったのか覚えていない
が、最初から運命が決まっているような人間を作っ
ても意味がない気がする。’神は愛なり’というが、
自由意志をもっていないと愛の対象にはなり得ない
のか?そういえば親になることで分かることもある
と牧師先生に言われたこともあった。親は子供を愛
し、子供が幸せであることは親にとっても幸せで、
親と子供の関係は神と人間の関係に似ているという
ようなことも言っていた気がする。親が子供に無償
の愛を与えるように神は人間に無償の愛を与えてい
るのか?無償の愛を与える対象をである人間を神は
何のために創造したのかは分からないが、神と人間
との関係が親と子供との関係に似ているのであれ
ば、人間が幸せになることが神の望みなのか?でも
世の中には、つらい思いをして、幸せになりたくて
もなれない人が多くいるのはどう説明する?神の考
えはすべて人間には分からないというのもそうだと
思うが、結局このように多くの疑問がキリスト教に
あるが、最後は神の計画のすべてを人間は理解する
ことができないということで考えをストップせざる
を得ないのか。