粉塵爆発 -15ページ目

粉塵爆発

日常の気になることども

さて。昨日の続き、バリ島旅行初日その2。
ようやく飛行機に乗ったとこからw



(初日11月1日(火)その2)

11時55分。離陸。ガルーダインドネシア航空。
機内アナウンスで、7時間14分のフライトとのこと。
うーん、けっこう長いなー。
しかも、それでまた途中乗り換えあるし・・・。
でも狭いとこでじっとしてるのは得意だ。
7時間くらいどうってことないだろう・・・

M君は窓際23A、オラは23Cで通路側。
23Bってないのかな・・・?
などと考えているうちに、機体は離陸し、空へ。
毎度のことだけれども、飛行機が離陸するときって、
なぜかドキドキする。
ジェットコースターでじりじり登る時に似ている。
アメ持ってくりゃよかった、と思うけど、毎回忘れてしまう。
高度があがれば当然耳はキーンとするが、
この感覚、けっこう好きだ。変態さんなんだろうか・・・?


13時45分。微妙な時間だが、ランチが到着。
機体が安定するまでは、機内食も配れないのだ。
メニューは洋食と和食の2択。
M君は和食。オラは洋食を選択。
毎度恒例、おのぼりさん的に機内食の写真撮影。

粉塵爆発
洋食(オラ)


粉塵爆発
和食(M君)


食後M君はトイレに行くというので、通路側のオラは
一度席を立って、彼を通す。
何気なく目で追っていたら、M君がたどり着くと、
トイレ前には女性が立っていて(男女共用なので)、
さらに、トイレから出たら、待っていたのも女性だったため、
「まさか、これ女性用に並んじゃった?」と動揺したらしい。
帰ってから、オラに
「あそこって、女性用とかじゃないですよね?」
と言うので、「共用でしょ? 男も入ってたよ」と言うと、
「なんか、待ってるのも出てくるのも女性なんすよー」
ちょっとビビった、と笑う。

機内ではM君は座席についてるヘッドセットで音楽を聴き、
やがて眠ってしまう。
オラも、時々うとうとしつつ、DSiをしたりしていた。
レストランが決まってなかったが、何とかなるだろう、と
もうあきらめていた(実際なんとかなった)。

17時30分。CAのキレイめな女性が、ヘッドホン回収に来る。
M君がヘッドホンしたまま寝てたので、起こす。
窓の外には、すでにジャカルタの大地。
一面の田んぼだらけの大地が印象的だった。


18時ちょうどに飛行機は着陸。荷物を持って機を降りる。
一緒に降りた日本人客のファミリーが後ろにいて、
子どもが「何か空気が違うー」と言っていた。
確かに、異国の空気を感じる。(鋭いな、子ども!)
みそ汁の中からカレーの中に飛び込んだ感じだろうか?(イミフ)

これで到着ではない。乗り換えのために、一度空港に降りて、
また別の便を待たなければならないのだ。
半端な時間しかないので、ジャカルタ観光など最初から
考えていない。とにかく乗り換え場所を探そうとウロウロ始める。

まず、空港について、間違ってインドネシア人の列に並び、
すぐに気づいて、日本人の列に並び直す。
青いチケットを渡してゲートから出る。緑のランプのところから
手荷物チェックを出ると、出口すぐのところに両替屋がズラリ。
Exchangeするかどうか、ちょっと迷ったが、ここで両替。
1万円分を、1円=111ルピアのレートで両替する。
両替をしている間に、他の日本人客はもうどこかへ消えていた。

勘のいい方はすでに、何となく察しているかもしれないが、
当然、お約束的に、ここで我々二人は道に迷うのである。
道というより、実際は空港の中で迷うのだが。
順調に出てきた我々は、旅行会社から何枚ももらった
いろんな空港の地図の中から1枚を出して、
「あれがここにあったから、今ここでしょ。ということは・・・
一回外に出て、外階段昇るのかな?」
というわけで、外に出てしまう。

しかし、外に出てみたら、そこは本当にただの空港の外。
乗り換えなんてできるわけないのであった。
しかも、一回外に出てしまった我々は、同じ扉から
入ろうにも、ガードマンらしき人物に止められる・・・
暑いなー、人多いなー、日本人いねーなー、と思いながら
ウロウロする二人。外はもう夕方から夜へ。

ベンチがあったので、そこに荷物を降ろし、とりあえず
オラは外階段あがって、そこから中へ入れないか探りに行き、
M君はタバコを出して一服しながら、地図とにらめっこ。
外から建物には入れたけど、売店しかなく、ターミナルへは
一階からしか入れないのであった。
結局、外にいても埒が明かないので、中に戻る手段を考える。
「うーん。とりあえずやっぱ、さっきのあのガードマンに聞こう」

空港職員なら英語わかるだろう、ということで、
オラがつたない英語で適当に
「中から出てしまったが、戻りたい」と説明すると、
意外にもあっさりと笑顔で扉から入れてくれる。
セキュリティ甘っ!

さらに、入り口すぐのとこの係員に、
「トランジットの場所が分からんのです」と聞くと
係員「おぉ、それなら、あそこ曲がったとこに、昇り口あるから
   そこから行けばいい」
みたいなことを言ったような気がするので、その通りに行く。

行ってみると、その通り、乗り換えターミナルがあったのだった。
しかし、日本と比べて表示も不親切で、これじゃみんな
けっこう迷うだろうなー、と思ったり。
(オラたちが迷子属性高いのか? でもM君は地図を頭に入れる
のが得意である。つーことは、オラのせいだべか・・・)


まあ、ちょっとしたトラブルは旅の隠し味に欠かせないので、
これもまたよしである。
トラブルの後はちょっとひと息、コーヒーでも飲みたいところ。
しかし、この空港、見渡してもほとんどそういうものがない・・・。
ここまで来るのが大変だったので、戻ってそういうのを探すのは
けっこうな勇気がいる。また迷ったら目もあてられない。

目の前には、荷物検査のゲートがあった。ここを通ったら、
今きたところへは戻れないだろう。
一瞬躊躇したけれど、通ることにした。あの先にも何か
飲み物とかくらいあるだろ・・・・少なくともトイレくらいあるだろ・・・
と思いつつ、荷物検査へ。

ここでもまた、オラが金属探知にひっかかる。
が、今回はすぐに思い当たる節があった。胸ポケットのペンだ。
「ああ、ペンか」と、胸に手をやると、金属探知機を手にした
女性の係員に「No,No,No, Don't move」と言われる。
いや、こんなシャツの胸ポケットに銃とか入りませんからw
ゆっくり取り出して見せると、OKと言われ、手荷物回収。
どうも今回は、オラが金属探知によくかかる。
前回の海外ではM君がベルトで毎回ひっかかっていたが・・・。

さて、手荷物検査を抜けてから、気になったのは今の時間だ。
道に迷ったとはいえ、乗り換えにはまだ時間があるはず。
しかし、我々の時計は、携帯も含めて日本時間のままなので、
時差調整のために正確な現地時間が知りたかったのだ。
が・・・・・・・時計がない。・・・・・・時計を掲示しない空港って・・・。
うそーん。・・・・・いや、ホントにどこにもない。

我々はこの後、時刻を知ることができるのか!?
そして無事、乗り換えができるのか!?
次週(明日)乞うご期待!!
(いや、ホントはあんま期待されても困りますw)

つづく


あれは・・・・そう、もうひと月ほど前じゃろうか・・・
わしは、インドネシアという国の、バリ島に行ってきたのじゃ。
ピグともさんたちには、書く、書くと言っておいて
ひと月も経ってようやく書き始めましたのじゃ。すまぬ。
では、遅まきながら、始めようかのぅ。

(まえがき)
さて。オラは、なんというか、どうも
旅の途中で長い文章が書けませぬ。
詩人リルケが書いてたような気がしますが、
旅先では、要するに「落ち着けない」んだと思います。
まあ、リルケの場合は天才だし、ちょっと異常ですが・・・
オラは別に普通人ですが、旅から帰ってすぐの間は
旅の間と同じように、落ち着けないのです。
だから書かなかったのです(というのは言い訳)。

しかし、何も書かないでいたら、記憶はどんどん薄れ
ありもしない記憶やら、忘れてしまうことやらが増えるので、
今回は旅行中、きちんとメモだけとっておりました。
何時何分、どこどこでこれこれ食った、とか。
このメモがあることで、「いつでも書けるやー」と
安心してたのかもしれませんな。
でも、所詮メモはメモ。本人にしか意味をなしませぬ。

ではいざ。本題へ。
(初日その1は、あまりおもしろエピソードもありません。
淡々と時刻と、何をしたかの記録が続きます・・・。
多少なりともおもろい話は、「初日その2」で書きますので、
飛ばし読みして下さい)


2011年11月1日(火)
わが日本国千葉県は、朝から曇りであった。
起床時刻は、ない。つまり、寝なかった。
なぜなら、朝6時になっても、まだ荷造りが完了してなかった
からである。
今回はいつも背負っていく、ちっこいリュックをやめ、
少し余裕のある、大きめのリュックに替えたため、
持ち物や衣服を余分に用意してしまったのである。
バッグがでかいと、持ち物を厳選しなくなる。
やっぱこれやめよう、あれもやめようと、朝までドタバタしていた。

朝7時。ようやく荷造りを終え、日本での最後の飯を食う。
しっかりと食ったが、何を食ったかは覚えていない。
サラダと、あと白いご飯を食ったのは覚えてる。

7時40分。自宅を出る。早めに出たつもりだったが、
ギリギリになりそうなので、駅まで小走り。
走るとまだ、少し暑く感じる。今年の秋は暑かったのだ。

7時50分。地元駅到着。電車に乗って成田を目指す。
電車の中は、席には座れたがけっこう人がいる。
車中ずーっとガイドブックとにらめっこ。
レストラン情報をひたすらチェックしていた。用意が悪い。

8時45分。成田空第二ビル駅到着。
トイレに行きたくなったので、集合地点の駅の改札をスルー。
改札を出ると(入ると?)、パスポートのチェックがあった。
忘れていたので、慌ててリュックから出す。トイレが遠い。
友人M君は、ギリギリに到着するとのメールがあったので、
「トイレ前で待つ」と返信する。

トイレを出たら、M君は到着していた。
彼いわく、余裕もって出てくるつもりが、寝坊したそうな・・・
今回リゾートということで、二人ともサンダル履きなのだが、
遅刻ギリギリと思ったM君は、サンダルのまま慌てて走り、
足を負傷。血が出て、バンドエードを売店で購入していた。
「出発前から怪我しちゃいましたよ・・・」前途多難である。

9時20分。チェックインカウンターへ。
チェックインで、Eチケットを見せ、航空券ゲット。
普段は荷物を預けるM君だが、
今回は二人とも機内荷物1個のみ。超軽装である。
男二人旅なんて、こんなものだろう。

9時30分。ビザの手数料をドルで払う必要があるので、
両替所でドルに換金。25ドル必要だ。2040円だった。
なぜか二人とも(面倒だったのか)
2000円と書いて出したら、係の人から+40円と書かされる。

9時40分。ビザ手数料を支払って、ビザを受ける。
時間が余っているので、お茶をしに行く。

10時。空港内3階で、飲食店やら本屋やらでウロウロする。
途中マクドナルドがあって少し覗いたが、混んでる上に、
狭くて座席が少な過ぎて閉口し、即スルー。
M君「やる気なさすぎだな、このマック」

ようやくカフェらしき店発見。パンなどの軽食もある。
オラはコーヒーだけ頼み、M君は朝飯用にパンを買う。
デジカメ等の調子をチェック。日程などの確認。
でも、まだこれから旅行という感じがあまりしない。

10時50分。そろそろ行こうと腰をあげる。
手荷物検査があり、オラは金属チェックで止められる。
履いていたクロックスを脱がされ、スリッパに履き替える。
もう一度その状態で通過したらOKが出た。
結論「クロックスは金属だった」。

だが・・・しかし・・・我々は腑に落ちなかった。
手荷物検査あっさり通過してしまったが、
リュックの中の液体類ノーチェック・・・。
確か前回のときは、ものすごい厳しく、口頭でも言われて
出させられたような気がするんだが。
その経験があるので、しっかり透明ケースに入れて
いつでも出せるようにしていたのに・・・ノーチェック。
リュックの中に入れたまま、X線検査も素通りだ。
いいのか? と、M君と顔を見合わせる。
結論「何見てんじゃ・・・この人ら」

その後、まだ時間が少しあったので、みやげ屋をぶらぶら。
前はなかったAKIHABARAとかいうお店があった・・・
日本の「間違った伝統的(電脳的?)文化」のニオイを満喫。
さらにまだ時間があったので、おっさん二人で
ベンチに座って、日本の将来を憂いてぼやき合う。

11時20分。さすがにもう時間ヤバくね?と思い移動。
シャトルに乗る。そういや、これ乗るんだよね。忘れてたわ。
11時30分。ようやく搭乗手続き。ちょうど便名が表示され、
搭乗が始まったところであった。

うむ。ここまでは特におもろいことはなかったので、
だーっと流れだけ。
次がおもしろいという保障はありませぬ・・・。ではまた!






バリ旅行の話を書く予定でしたが、ずるずる1ヶ月経過してしまい、
その間に同窓会の話が持ち上がったり、あれやこれやで
仕事もプライベートも、ちょっと忙しくしてました。

同窓会準備の集まりで、高校時代の友人の話が出ました。
なんと、その友人は自分でバーをやってるそうな。
しかも、店の場所はオラの通勤経路の乗り換え駅。毎日通ります。
さっそく行ってみると、とっても雰囲気のいい店のカウンター向こうで、
友人がマスターやってました。お互いに20年の歳月を感じましたw

せっかくなので、ブログで紹介するよ、と言ったら、特に拒否られ
なかったので(笑)写真も載せちゃいます。


粉塵爆発
写真はマスターのT・ケタオ氏。
お店に行ける方は、馴れ馴れしく
ケタオさん、ケタさんと呼んであげてください。


彼とは高校時代、同じクラスになったことはありませんが、
同じバンドで活動した仲間。いろいろ懐かしい話やら、
懐かしい名前が次々に出てきます。

それにしてもなんだか、不思議な感じです。
あいつがマスターで、俺が客かぁ・・・
でも、マスター姿が板についてるよなぁ・・・
お店も一人で静かに飲んでいても、落ち着ける感じ。
あまりおおげさに持ち上げる気はありませんが、いいお店です。
気になる方は
「無国籍酒場 BAR T’s Voice」で検索してみてください
(宣伝しといたぞ)

エレベーターあるとはいえ、ビルの4階というのがネックで、
なかなか一見さんが来てくれません・・・いい店なのに。


粉塵爆発


なんと東日本大震災の4日後くらいが開店一周年だったらしく・・・
酒ビンは割れまくり、お祝いどころではなかったそうな。


マスターとは高校卒業後、ときどき一緒に、とあるロックパブに通っていて、
そのとき、彼は「俺もいつか、こんな店持ちたいなぁ」と言ってました。
あの店とそっくりではないけど、もっと落ち着いた大人の店を
彼は20年越しで手に入れたんだなぁ。
彼が、「あのとき、お前が、『店作るときは、俺がデザインしてやるよ』って
言ってたのを、今でもしっかり覚えてるぞ」とオラに言いました。
そんなこと言ったっけ・・・。あ、言ったかも。おぼろげに記憶があります。

彼に比べてオラのこのいい加減さ・・・。
この差が夢を実現した奴と、うだうだやってる奴の差なんだろうなぁ
と感じた夜でした。