私には子どもが二人います。



中学3年生の女の子と、小学6年生の男の子です。


二人とも学校が嫌いです。




上の子は中学1年生の夏から今まで(週1回程度の相談室登校、


下の子は5年生の10月から3月まで全く学校に行きませんでした。




上の子は幼稚園の頃から行きたがらないことがあり、


集団生活が合わないな、という感じをうけます。


小学2~3年生の時も登校渋りというのをやっていて、大変でした。




モラ夫の辞書には「学校に行かない」という文字はなく、


子どもが赤ん坊の頃から


「たくさん勉強させて良い学校に入れて良い会社に就職させないと」


と、言い続けています。




上の子が小学校に行きたがらないことが発覚した時には、


「花子(仮名)が学校に行くまで僕は会社に行かない」と言い、


実際に子どもを見張ったり、いやがるのを担いで連れていったり


「学校に行かない子はご飯を食べなくてもいい」とか


太郎(下の子)にむかって


「花子はブタか人間か?」などという、暴言をはいたりしました。




私は花子に


「お願いだから学校に行って保健室で待ってて!後で迎えに行くから」


と避難させておいて、モラ夫を会社に行かせました。




小学校でそんな具合でしたので、


中学校に行ってないなんて事がもしモラ夫に知れたら・・・


モラ夫の暴言によって、花子がどんなに傷つくだろうと思い、隠しつづけました。






太郎は友達とトラブルがあり、学校に行けなくなってしまいました。


1ヶ月たっても2ヶ月たっても学校という言葉を聞いただけで涙ぐむのです。


太郎が学校に行かなくなったことも、モラ夫に言えませんでした。




ところが3月の初旬、太郎が学校に行っていない事がバレてしまったのです。




大変な日々が始まりました。













いったい何から書いたらいいのだろう。


結婚して16年、いろいろな事が有り過ぎて、

記憶のかなたに埋もれてしまったものすらある。


それを掘り起こすという作業を通して

自分を見つめなおしてみよう。



自分を失わないために・・・




結婚して間もなくの夕食の話です。


うちのモラ夫は味にはうるさくないのです。

(お母さんが料理の出来ない人だったので)

なんでもガツガツとよく食べます。


結婚前、そんな夫の食べっぷりには好感を持っていました。


私はそのころ家でピアノを教えていました。

夕食の支度はほとんど済ませた状態で教えていました。


ピアノを教えていると台所で何やら物音が・・・

ああ、帰ってきたんだな、と思いそのままピアノを教え、

生徒が帰ってから台所をのぞくと、


中華鍋いっぱいに作ってあった野菜炒めが有りません。

モラ夫が全部食べてしまったのです。




次のレッスンの日、


私は作ったおかずを皿に盛りました。

モラ夫のと私のと2皿に・・・


レッスンを終わってみると、

やはりおかずは、消えてなくなっていました。


どうして私もご飯を食べるという事がわからないのだろう、この人は???

?マークがいっぱいでしたが、


でもこの時はまだ、結婚生活がこんなにみじめなものになるとは

思ってもみませんでした。





預金通帳を見せながら夫が、


「僕に万が一のことが有ったら、○○銀行が渋谷支店、××銀行が銀座支店、△△銀行が吉祥寺支店だからな」


まあ、何て素晴らしい夫でしょう。

次の言葉さえなければ・・・



「万が一が有るのは、君だったらいいのにな」


(しかも子供の前で)



この言葉でブログを書くことを決意しました。



夫とさよならをする時のために、

結婚してから起こったこと、現在のことを書き留めて置きたいと思います。


皆さん、よろしくお願いしますね!